第一章 旧号

Episode 003 それは、黄色の出会い話。


 ――黄色い法被はっぴなびき、その背中にはタイガーのマークが鮮やかに映える。


 そして、木製のバットをブンブンとスウィングするその姿……


 この学校に来て、まず印象に残ったのはそれだ。因みに僕は転校生。この九月から新しい環境でのスタートを切った。教室の雰囲気よりも、それを凌駕りょうがする存在。


 ――それがあなた。僕の担任の先生。


 長いワンレンの髪は右目を隠し、少し怖い印象を与えていた。


 言葉遣ことばづかいもどこか強気で、さらに喧嘩っ早いという噂まで。背も高く、僕より十センチは軽く上回っている。その姿が廊下を歩くと、ただならぬ存在感があった。


 職員室で向かい合った時、灰色の机を挟んだその瞬間、僕の目に映ったのは、吸い寄せられるような彼女の左の瞳。美人だった。けれど、その美しさ以上に、彼女といるだけで安心感が広がった。


 僕は存在していいのだと思えた。


 僕の存在を否定するような言葉は彼女にはなかった。


 僕と真正面で向き合ってくれる人。――そんな彼女は、まるで曲のフレーズが繰り

返されるように、四六時中付き纏う劣等感に囚われていた僕の心を開放しているようだった。


 だから僕は一人ぼっちでいることを選んでいた。


 誰にも迷惑かけないようにと、そう思って……


 でも、それは僕の本心だろうか? 本当は、諦めから来たものではないだろうか?


「どうせ」という言葉が脳内に染みついていた僕。人の足を引っ張る存在だと自覚するたび、人との関わりが億劫になって、傷つくことを恐れているだけだったのかもしれない。


 でも、目の前にいる彼女は、そんな僕の世界に手を差し伸べてくれた。上手く言葉にできないけれど、彼女なら手を繋いでも良いと思えた。親ですらそう思えたことはなかったのに――彼女には。


 彼女の名は、くれない初子はつこ。そして僕は、彼女の教え子となった。彼女は早速、僕にニックネームを与えてくれた。――それが、物語の始まりだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る