召喚魔法失敗率99%のポンコツですが、2回目の召喚相手は運命の人かもしれません

桜城メタ

第1章 呼べました。たぶん、半分くらい。


「……生きてる、のか?」


 俺の目に飛び込んできたのは、真っ白な……


 天井、だろうか。

 葡萄のような柄の豪華な天井。


 ぼんやりとした頭で、瞬時に俺は、ここが自分の部屋ではないことを理解した。

 


 最後に覚えているのは、あの眩しい光と、耳元で鳴り響くクラクションの音。


 目をつぶることすらできなかった。


 存在したのは”恐怖”を通り越し、”終わった”というどこか諦めにも似た感情。まだ、死にたくなかった。……こんなことなら、もっと誰かに必要とされる人生を生きたかった。お金持ちにもなりたかったし、あと、美少女と結婚もしたかった。くだらない妄想だ。高校生でまだ働いてもいないし、彼女すらいないのだから。もちろん、俺には無理だというのはどこかで分かっている。だけど……未来のことは不確定だ。今からでも頑張れば、もっとうまくやれたんじゃないか。

 諦めきれない気持ちが、どこかで俺を繋ぎ止めた、そんな気がした。



 ――まさか、”終わっていなかった”なんて。


 それともこれはあれか、死後の世界ってやつだろうか。


 しかし、身体にはまだ感覚がある。空気の湿り気が、感じられる。


 ……手が、動かせる。


 右手を左右に動かして、俺がいる場所の様子を確認する。

 手のひらに感じるサラサラとした布の感覚。ここは……ベッドか。

 病院かなにかかだろうか。いやでも、だとしたら豪華すぎるけれど。


 手を、足の方向へと動かしていく。


 自分の腰のあたりにきたとき、なにか細く柔らかい感触があった。


 ……なんだこれは。糸?


 指先で掬うようにして持ち上げる。

 

 視界に入ったそれは、絹のように滑らかで、金色に輝いていた。

 

 ……おお……きれいな、髪だな……。


 回らない頭で、それを眺める。潤いのある、ゆるくパーマのかかった髪が、とろりと手から落ちていく。


 ……えっ、髪?!


 ハッとして顔を向ける。

 俺の腰の横あたりで、金髪の――美少女が寝ていた。


 「うわああっ」

 驚きのあまり、情けない声を出してベッドから落ちかける。

 思ったよりもその幅は狭いらしい。


 「うぐっ」

 半身が下に落下し、思わずうめき声をあげた。

 薄っすらと目を開けると、模様だらけの床にピントが合う。


 模様?なんかこれって、いかにも……魔術が使えそうな、角が多い星っぽいやつじゃないか。どういう趣味だ?


 混乱していると、カーテンから差し込んでいた柔らかな光が、スッと翳る。誰かが、そこに立っていた。


 

 金髪の髪。白い肌。細い身体。クリーム色の、刺繍入りドレス。逆光と俺の体勢のせいでよく見えないが、どこかの物語から飛び出てきたかのような、不思議なオーラを放っていた。


 ”彼女”の表情は見えない。


 「ジンくん。……良かった。また、呼べました」


 気のせいだろうか。どこか泣き出しそうな声で、俺の名前を呼んだ。



 ……いや、どういうことだ。そもそもなんで俺の名前を知っているんだ。

 というか、この体勢きついから手を貸してほしいんですけど。


「あの……」

 俺がいいかけたタイミングで、彼女が明るく話し出す。


「今回は、たぶん半分くらい成功です。よく来てくれました!」

 

 ”今回は”ってなに? 今回以外もあったの? ていうか俺はここに呼ばれたの?

 どんどん浮かんでくる疑問を処理しようと、俺はようやく声を振り絞った。


「……俺、死んだんですか?」


 俺の声を聞いた少女は、慌てて弁明する。


「いえいえ!たぶん“瀕死寄りの生存”です!」


……”瀕死寄りの生存”って、なんだよ。

 ホッとしたような、しないほうがいいような、なんだか微妙なところだ。


「他の世界で、あなたの魂がちょっと不安定だったみたいで。召喚しやすかったんです。ええ、よくある話で――」


 少女はくるりと回って、棚の上から仮面をひとつ取り上げる。

金属のような白、無機質で無表情なその仮面は、どこか禍々しく異様な雰囲気を放っていた。


「まずはこちらをどうぞ。祝福の証ですので」


「……なんでいきなり仮面?」


 つぶやくように言った俺の言葉を聞いた彼女が、慌てて手を差し伸べる。


「ああ、失礼いたしました」

 

 そう言うと側に駆け寄ってきて、俺が起きるのを手伝ってくれた。手を貸してくれるのは嬉しいが、そういう意味でいったのではなく、純粋に仮面が不思議だったのだが。


 ――やっぱり、さっき隣で寝ていた少女だ。


 二人でベッドの端に並んで座る。

 彼女の顔が、近い。


 先程は閉じていてわからなかったが、明るく美しいエメラルドグリーンの瞳。長いまつげがそれを縁取っている。すっと通った鼻筋、薔薇色の頬、花のような香り。

 絵に描いたような、美少女。


 美しすぎると、ドキリとするという感覚を通り過ぎて、”作り物みたいだ”と思ってしまうということを、俺は初めて知る。


 ……でも、本当に、かわいい。


「では改めまして、こちらをどうぞ」


 彼女は懲りずに、再度仮面を渡そうとしてくる。だからなんなんだよこれ。


「あの、これってなんですか?」


 訝しげに聞く俺の顔を見て、彼女は一瞬、呆気にとられた表情を見せる。


「……はい?! あっ……あれ? そうでした! ご説明が! 必要でしたね!?」


 そう言うと、コホンと咳払いをしてみせた。ひと呼吸置いて気持ちを切り替えたらしい彼女は俺に向きなおり、スカートを軽くつまんでお辞儀をする。


「改めまして。私はレイラ・エメラルド。この村の、もうすぐ処分される予定の“花嫁”です。よろしくお願いします!」


……おお。お嬢様っぽい挨拶、初めて生で見た。

 いや、いま一瞬、聞き捨てならない言葉が聞こえたような……。


「処分?」


「……あ、あっ!すみません、間違えました! ”祝福”、でした、祝福!」


 なあんだ、処分じゃなくて祝福かあ〜。とは、正直ならない。

けれど一旦そこはスルーして、お祝いの言葉を贈ることにした。


「ご結婚されるんですね、おめでとうございます」


 こんなに美人なんだ、きっと引く手数多だろう。俺には高嶺の花すぎて、羨ましいという気持ちすら湧いてこない。


「ありがとうございます。ジンくんも、おめでとうございます!」


 ん?


「何がですか?」


「結婚ですよ、もうすぐ結婚式ですよ。……それも、覚えていないんですか?」


「誰と?」


「私と」


「はあ?」


 大真面目な顔で言う彼女は、とても嘘をついているようには見えない。


 いやでも、さっき”召喚”とか言ってたし、変な魔法陣は描いてあるし、ここってもしかして異世界?! でも美少女と結婚することになっているのは、異世界関係ないよな。結婚詐欺か? 俺16で結婚できる年齢じゃないのに? 虚言癖美少女なのか?


 いや。


「やっぱり俺って、死んだんじゃ……」


 死後の世界でもないと、この展開は説明がつかない。


「まだです!死ぬのはあとちょっとだけ待ってください!!お願いしますううううううう」


 俺の言葉を聞いた彼女は、慌てて懇願しはじめる。しかしそれもほんの5秒ほどで、彼女は、突如何かを思いついたようにして顔を上げた。


「というか、私が頑張ってあなたを”半分”助けたんですから、死ぬ前に恩返ししてくれないと困ります!」


 ええ……急に恩着せがましいぞ……。

 

 少女は俺の反応を無視して、アピールを続ける。


「召喚魔法失敗率99%のこの私が!はじめて”ナマモノ”の召喚に成功したのですから!」


 話が通じなさそうなので、とりあえず要望を聞いてみる。よくわからないけれど、事故から助けてもらったことは事実みたいだし。


「あの、それで要求はなんでしょうか……」


おずおずと問いかける。


 彼女は、よくぞ聞いてくれましたとばかりに笑顔を見せた。


「私と、結婚してください!そして、結婚式で誓いのキスをするのです!」


 

 「そういうわけで、ジンくんには、仮面を着けていただきます!」


 レイラはにこにこと、まるでデートにでも誘うようなテンションで先程の仮面を押し付けてくる。


「着けたくないって言ったら、どうなりますか?」


 正直着けたくない。なんか、普通に怖いんですけどこの仮面。


 白くて無機質で、表情というものがまったくない。 まるで、“顔という概念そのもの”を否定するような冷たさ。


「これはですね、式の前と、式の間、感情を表に出さないための、大事な文化なんですよ」


 レイラは両手を合わせてうんうんと頷く。


「村の外に出るためには、ちゃんと“祝福された者”として形式を守らなきゃいけないんです! だから、恩を返すと思って! お願いします!!」


 ”祝福された者”? なんだよそれ。


「つまり、結婚式に出るために仮面を着けて……結婚式が終わったら仮面を外して村の外に出られるってこと?」


「その通りです!!結婚は形式上のものなので、そのあと私とはお別れしてもらって構いません!」

 

 なんだ。”形だけ”の結婚か。最初っから仮面夫婦ってことね。


 ほんの少しがっかりして、俺は彼女から渋々仮面を受け取る。手に取った瞬間、ずっしりとした重みが伝わってきた。


「それで、式ってのは、いつやるんだ?」


 そう問われたレイラは、ぱっと明るい顔になる。


「明後日です!」


「はやっ!!」


「はい、16歳の誕生日に式を挙げるのが伝統でして!」


「お、おう……」


 同い年くらいかとおもっていたけれど、やっぱりそうなのか。

 しかし、召喚されて即結婚ってどういうシステムだよ。


「安心してくださいね。すべては祝福のためですから!」


 全然安心できない宣言を受けて、複雑な心境になるが、彼女に助けられた手前、協力せざるを得ない気もする。

 今の時点で、生きてるんだか死んでるんだか良く分からない状況なんだ。少しくらい寄り道したっていいだろう。それに彼女に必要とされていることは、正直悪い気はしない。


 俺は受け取った仮面を身につける。予想通りの、ひんやりとした感覚。

……やっぱりどこか、薄気味悪い。  


 レイラを見ると、彼女も仮面をつけてこちらを見ていた。エメラルドグリーンの瞳は影になって見えない。

 その仮面のもとに、存在が覆い隠されてしまったかのようだった。さっきまで近くにいた彼女が、急に遠い人になった気がした。


 レイラに倣って、手渡された白のローブを羽織る。


「じゃあ、この村を少し案内しますね。この仮面をつけて外に出ている間――村の人たちとは喋っちゃだめですよ」


 そっと仮面の唇に指を添えて、レイラが真剣な声色で言う。


「え?」


 どういうことだ? そう問いかける前に、彼女はドアを開けて外へと出ていく。律儀にも俺は言葉を飲み込み、彼女の後を追うのだった。


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