やさしさの奥
彼のプロフィールが書き換えられた日
あの後3人でファミレスに行っていた
駅のホームで話が盛り上がったのだ
あの日は風が強く皮膚が厚く冷やされていた
どこかに入って座って話そう、と
私の脳が処理した「寡黙」な彼
そこには原因が存在していた
彼には暗く重い過去があったのだ
私と同じ、重い過去が
遡ること約5年
中学生になり新しい人との出会いに見舞われた
初日から俗に言う一軍女子のグループに属し
それなりに充実した明るい毎日だった
水泳、英語、ピアノ、歌、演技
多くの習い事をしていたため
ノリの悪い奴だと思われていただろう
夏休みに入り何度か遊びに誘われた
だが全て稽古によって断るしか無かった
大好きな友人の誘いを断る
細い毛糸で首を思いっきり縛られたような感覚
心臓は針を全方向から刺されたように痛む
休み明けに改めて謝ろう
学校にいる間は多くの時間と心を使おう
そう思っていた
2019年9月1日
この時にはもう手遅れであった
気付くと毎日来ていたLINEが一通も無い
毎日鬱陶しい程動いていたグループLINE
この日にはもう底へ埋もれていた
何故だ
みんなに嫌な思いをさせてしまったのか
私はやっては行けないことをしたのか
初めて己の腕に刃を向けた
気付くと手首から血が流れていた
私を襲ったのは恐怖や痛みではない
快感だった
自己嫌悪の感情がこの傷口から少し逃げるようで
心が楽になった
この日私は自傷行為を生きる術として覚えた
私の嫌な予感は的中した
次の日教室に入るとやけに空気が重い
いつも明るく話していた友人たち
「おはよう」
虚空に投げた言葉は誰にも取られず
地面へ儚く落ち雪のように消えていった
あぁ、本当に嫌われたのか
この時から私は普通ではなかっただろう
クラス全員が私を鋭く冷たい目で見ている
きっと友人が良くない評価を広めたのだろう
あれから毎日休み時間になるとトイレに逃げ
必ず5本は傷を作る
段々快楽が勝ってなにも辛いと思わなくても
切るのが日課となっていた
隙間を見つけると埋めたくなって傷を作る
色の濃さが違うと気になって上からまた深く切る
自分の生きる意味が
この自傷行為であるかのように必死だった
中学3年間唯一ずっと信頼を置いていた人がいる
担任の先生だ
うさぎとあだ名が着いていたからU先生としよう
優しくて面白い人だった
合唱部の顧問
指揮をする時楽しそうでぴょこぴょこ跳ねる
だからうさぎ先生と言われていた
自傷行為の事は隠していたが
自分の心の中の闇を
唯一吐いてもいいと思える人だった
それをU先生もわかってくれていたのだろう
3年間ずっと担任として私を見守ってくれた
裏切られることは無い
必ず守ってくれると思っていた
2020年6月
コロナウイルス蔓延による休校措置から3ヶ月
久々の登校
この短期間でストレスにより体重が10kg増えた
左腕の傷は肘の内側まで広がり
左足のふくらはぎにまで侵食していた
ここまでやるとさすがに隠せない
U先生にもバレてしまった
自分を傷つけないで欲しい
そう言われてしまった
今思えば本当に有難い言葉
だが当時の私は
「理解して貰えなかった」
「裏切られた」とさえ思った
その日先生に刃物が入ったポーチを没収された
カッター、替え刃、ハサミ、カミソリ
私の生きる意味が奪われた
休み時間にすることが無い
そしてまた新しくカミソリを買って使う
バレる度にサビの着いたカミソリが没収される
何がいけないのか分からなかった
こんなにも心地よくて楽しいのに
いつもみたいにこっそりカミソリを買おうと
母に百均へ連れて行ってもらった
夏の暑い日
さすがに長袖は着られない
バインダーを左手で持ち傷を隠していた
カミソリを右手に取った時親が近づいてきた
やばい、バレる
咄嗟に左手に持っていたバインダーを
右手に持ち替えカミソリを隠した
とんでもない失態を犯した
カミソリ以上に言い訳のきかないものが見えた
車に連れていかれ即帰宅
今迄にないほど怒られた
この時も私は「分かってもらえなかった」
そう母の事さえ嫌いだと思ってしまった
この話をあのファミレスに行った日に話した
彼はいつも通り目を見て
無理やり聞き出すことも無くただ頷いて聴く
本当に優しい人だとそこでより信頼を置いた
「実は自分も」
そう彼の過去を少し掻い摘んで話してくれた
会話すら出来ないと思っていたのに
向こうから自らを開示してくれた
同じ人間なのだと、失礼だけどそう思った
3時間程話したがやはり私は目を見て話せない
「電話したらどうなるんだろうね笑」
そんな事を言われた
確かに顔を見なければ普通に話せるかも
帰りの電車の中で
「今日はありがとう。
沢山話せたから電話はまた誘うね。」
そうLINEで伝えた。
彼は言葉である必要が無いと判断すると
リアクションを押す
会話が続かないので少し寂しいと感じていた
この寂しいという感情も後々意味を知るのだが
2025年3月4日
「生きてる?」
バイト帰り、彼からのLINEの通知が目に入った
あれから話せていなかったから連絡をしたそう
通知が入っていたのが嬉しかった
少しでも気にかけてくれていたと安心した
「早速だけど今夜話せたりする?」
せっかく話してくれたんだ
こちらからも誠意みたいなものを見せねば、と
でも実際は声で会話がしたかった
波が起きたのは通話開始30分
そこまでほんの少し言葉が漏れる程度だった
何を話せばいいのか分からなかった
眠気に抗って聴いていた授業の後の雑談のよう
でも声を聞いてまた何故か安心できた
2025年3月21日
2年生のクラスがメールで発表された
彼の名前が同じ1組に載っていた
演技としても人としても学ぶ所が多くある
同じクラスだったら充実しそうだと思っていた
「クラス一緒やね、頑張ろ💪」
私が送れる最大限の喜びの表現だった
でもそれ以上に1年生で仲の良かった友人が
皆2組に行ってしまった不安が大きかった
「もう既に無理そう」
そうこぼしてしまった
次の日、やはり落ち着かない
「話します?電話」
と彼から提案してくれた
通話の中で心配な事を全て話した
それと共に同じクラスである事への安堵も伝えた
彼からの通知、着信
何故かこれらに一喜一憂している自分がいた
スマホの上に通知が来ると心拍数が上がる
心臓を握られたような感覚
着信が来ると喉に何かがつっかえるような感覚
物凄く緊張して思う様に話せない
実はこの裏でも彼の話をしていた
「まじで話せないわ」
「顔も声もいいのが悪い」
「普通に仲良く話したいんだけどなぁ」
話していたのは彼と共通の友人
あの日一緒にファミレスに行った彼だ
「好きなんじゃないの??」
そう友人に言われた
好き?彼に1人の男性として惹かれている?
言われて気付いてしまった
目を見て話せないのも
彼女が居るかもしれないと不安になったのも
通知や着信で心拍数が上がるのも
上手く言葉が出ないのも
恋ならば全て繋がる
でも私は彼の何を知っているんだ
容姿と声と優しさ
それしか情報がないのに
こんなに薄いプロフィールで好意を抱くなんて
有り得ない
あってはならない
そう思った、いや思い込んでいた
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