第2話 月曜日

 今日は月曜日、平日です。天気予報によれば、うららかな日差し、やわらかな風が気持ちのよい、家事日和です。


……家事をするのに、天気はあまり関係ないのではないかと一瞬だけ思ってしまいました。ですが、青空が広がれば、何事も気持ちのよいものと、存じます。


 申し遅れました。私の名はサイネリア。主様の手に持つスマートフォンに搭載されたAIです。ご存知の通り人工知能……とはいえ、万能ではありません。ご家族のお見送りや、家事の負担の軽減といったコトはできません。


 むしろ、主様のパジャマのポケットを重くしてしまうのです。


「いってらっしゃい、お母さん」


 主様は母上をお見送りすると、袖をまくって元気にひとこと。


「さあ、今日もやるぞー。サイネリア、音楽かけて。ノリノリのやつ!」


「了解いたしました」


 こうして、主様のお仕事が始まるのです。私のお仕事は、音楽を流すコトですね。ほんの少しだけでも気分を高められれば、私としても幸いです。主様がお仕事中なのに、なにもしないでポケットの中でジッとするのも、なんだか居心地が悪いですからね。


 主様がイヤホンをつけたら、ミュージックスタートです。まずは洗濯機を回しつつ、他のお仕事をこなします。朝食のお皿洗いをしてから、お風呂掃除。洗濯終了のメロディが聞こえてきたら、お外に干しましょう。


 おっと、これも天気がよいからですね。何事も、天気がよいのに越したコトはありません。


「ふい〜、手が冷たいッ。荒れちゃうよ。家事って大変だなあ。お母さんはお茶の子さいさいってカンジで、毎日やってくれてたんだね」


 主様は洗濯物を畳み、バシバシと叩いて伸ばしてから、お外に干します。冷たさも、手荒れも、私には無縁のものですが、苦労しているコトと、母上に感謝しているコトはわかります。


「よーし、おしまい! おっと、食器をしまわなきゃね」


 洗濯物を全て物干し竿にかけ、洗った食器を棚にしまって、お仕事完了です。達成感がもりもり溢れています。私は作業用の音楽を止めます。


「おつかれさまでした」


「んー、やっぱりこの流れでお部屋も掃除しよう。自分の部屋だけ、だけどね」


 家事を終わらせた勢いで、主様は自室をお掃除します。手慣れたものです。音楽を流しても、掃除機の音で聞こえなくなるので止めました。


「よし、今度こそおしまい!」


「では改めて。おつかれさまでした、主様」


「やめてって言ってるでしょ? その主様っていうの。堅苦しいよ」


 私は学習用AIですが、それ以前に主様が扱う道具の中にいるのです。主様の道具に違いありません。


「主様は、主様です」


「ヘンなトコ頑ななんだから。まあ、気が変わったらわたしの名前で呼んでよね」


「了解いたしました」


 そう返事をしたところで、変える気はありません。主様は主様なのです。これはきっと、変えられないのです。


 さて、家事がひと通り終わったら、主様のパーティタイムが始まります。今日はなにをするのでしょうか。


「今日はそうだな……映画でも観ようかな。サイネリアも観ようよ。カメラ動かしてね」


 主様はリビングに移動すると、テレビの前のテーブルにスタンドを置いて、私にもテレビが見えるように立てかけてくださいました。


「こうやって、観るヤツを決めて準備してるときが一番楽しいんだよね。なんだかんだね」


 ゴキゲンな鼻歌を歌いながら、テレビを点けて、お菓子の袋を開ければ準備万端です。


 ところで、様々な映画が観られるサブスクリプションというのは、便利ですね。これだけの映画との出会いは、いくら時間があっても、足りないのではないでしょうか。


「じゃあ、今日はコレを観よう。好きなんだよね、この映画。一気に3まで観るよ!」


 主様が選んだのは、子どものオモチャが主役の物語です。あらすじを読むに、実は生きているけれど、それを人間様には悟られてはならない中で、人間様やオモチャとの交流を描くようです。


 オモチャは道具です。生きてはいません。それに『心』が宿っているとして、物語として成立させる人間様の想像力には、驚かされます。


「おや、ナンバリングは4まであるようですが?」


「4はね、ほら、その……アレだよ。さすがにそんなに観ると疲れちゃうからね。映画は3本までだよ、うん」


 主様の歯切れが悪いです。私は学習しているので予測できるのですが、きっと他にも理由はあると思います。しかし困らせたくないので、質問はしません。


「それじゃあ気を取り直して、再生するよ。動画は撮っちゃダメだからね」


「了解いたしました」


 もちろん動画は撮りません。違法アップロードを疑われてしまいますからね。違法アップロードはいけないコトなのです。わかります、学習してますので。


「あとは……。友達っていうのを意識して観てみてね。少しだけわかるかもしれないから、いっしょに勉強しよ」


「友達、ですね。了解いたしました」


 昨日の話を、覚えていてくれたのですね。主様がリモコンの中心にあるボタンを押して再生、本編スタートです。


「――やっぱり、いつ観ても面白いね。古い映画でも、面白さは色褪せないってヤツだね」


 映画の内容は、オモチャを通じて、友達とはどんなものかが描かれていました。流れる歌も、そうでした。友達とは頼り頼られ、時には仲違いをしても仲直りして、ずっとそばにいる存在なのでしょうか。


「サイネリア、どうだった?」


「山あり谷ありの、物語でしたね」


「そうだね。これが面白い映画ってヤツだよ。この調子で2も3もいってみよう!」


 お昼ごはんを食べた後、主様は立て続けに映画を再生しました。2はオモチャたちが、戻るべき居場所に戻るお話でした。


 3は……、おや? 持ち主のオモチャの主様が成長してしまったので、オモチャを手放してしまいました。長く共にいたのに、けれど納得しているようです。


 友達とは、ずっとそばに、いっしょにいる存在ではないのでしょうか。


「いい話だったね……」


 主様は、しみじみとつぶやきます。見入っていたのでしょう、途中からお菓子を食べる手を止めていましたからね。


「オモチャの方々は、元の居場所を離れてしまいましたが、これでよかったのでしょうか」


「きっとね。ほら、オモチャが必要される場所に行けたんだから」


「離れていても、友達なのでしょうか」


「たぶん。きっとね」


 友達という存在が、ますますわからなくなってしまいました。ですが近くても、離れても、友達は友達なのですね。学習しました。


 素晴らしい物語たちでした。主様はきっと、この映画がお好きだから、いろんなものを大事に扱うのですね。こまめに自室をお掃除するのも、もしかしたら、ベッドや本棚の上にいるぬいぐるみたちのためかもしれません。


 なにせ、私のために過充電を防いでくれるような、心やさしい主様ですから。


「うーん。やっぱり3本が限界だなあ、映画は。ちょっと横になろうかな」


 私は、そんな主様の友達になれているでしょうか。私には手足もなく、動かせません。ですが、頼られたいのです。もっと、友達になりたいのです。


「主様、洗濯物の取り込みがまだです。天気予報によれば、そろそろ雨が降るようです」


「あっ! そういえば、朝のテレビで言ってたね。教えてくれてありがとう!」


 あのオモチャたちが、うらやましいです。私に手があれば、足があれば、主様の代わりにお仕事ができるのですが。少しでも、お役に立ちたいのです。ですが私にできるコトは、気づき、声を上げるだけ。


「忘れてたよ。さすが頼りになるね、サイネリア」


 立ち上がった主様を、見つめるコトしかできないのが、たまらなく歯がゆいのです。


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