第3話

放課後、私は通学鞄を背負ってウサギ小屋を訪れた。

小屋の檻には『ウサギ小屋の掃除の仕方』と記された紙がラミネートされ、穴から紐を通して吊るされている。

それは埃をかぶっていて、指で埃を拭えばそこに書かれている細かい内容や、生徒がピースをこちらに向けながら作業している写真がはっきりと見えるのだろうな、と思ったが、私はそうせず、檻にもたれた。

鞄の金具が金網の隙間に挟まって、カチャカチャと音を鳴らす。

私は少し目をつぶった。

中庭は昼休みには何人かが集ってお弁当を食べるのを見るが、放課後に訪れる人を私は見たことがない。

校舎の中心にぽっかりと空いた緑色の穴は、私には校舎が寄生されているようにしか見えず、いつか校舎を刺々しい蔓で覆い隠してしまいそうに感じる。

しかし、その頃には、私はとっくに卒業していて、そんなふうに思ったことさえ忘れてしまうのだろう。

小学校と比べ、中学校が学び舎として、役割を果たしていないように思えるのは、どことなく自由を謳っているだけの工場と似たものを感じるからだ。

少し背伸びをしただけなのに、ここは高校よりもずっと、社会を精密に縮小している。

1年の頃から、真面目に、内申点を積み立てないといけない。

それがはっきりと進路に影響するのは、私にとって重荷すぎる。

先生のお気に入りの男子が窓際で睡眠を謳歌しているのを尻目に、私は夜遅くまでの復習の代償と戦いながら、シャーペンの芯をノートに走らせないといけない。

1年のとき、テストの点と内申点に少しの差異があったとき、お母さんは何も言わず、哀れそうな目を微かに私に向けた。

数学のテストのときに気持ちが悪くなって吐いたとき、迎えに来たお父さんは有り得ないとでもいうような目をしながら私の背中を摩った。

ずっと平均スレスレだった数学は、いつもよりワンランク下がった順位で返ってきて、お母さんが猫なで声で「仕方がないわよねえ、気分が悪かったんだものねえ」と言うのを、お父さんが「テストの前日にお前がなにか腐ったものでも食わしたんじゃないか」と言って、お母さんが激昂して成績表を破り捨てたのを私は黙って見ていた。

お父さんの言葉がはっきりと私の方に向けられているのを気づいていた。

両親は私が欠陥品であることに気づいている。

お母さんは私が自らで傷をつけて売れ物じゃなくなることを恐れているが、

お父さんは私にクレームがつけられることがないように、両手でむりやり押し込んで欠陥をなくそうとしている。

欠陥品は社会では生きていけない。

だから私は教室では猫をかぶることに必死になっている。

その甲斐あって、私は悪目立ちすることなく、特別強い印象を抱かれずに済んでいるのだろう。

僅かに目を開けると、そこには薄汚れた世界がある。

地面の土は、ずっと誰にも踏まれることがなかったのか、乾いて硬くなっていた。

支柱は色が剥げて、錆びた赤褐色が覗いている。

ウサギの隠れ場所として設置されたのであろうアーチ型の赤茶色の煉瓦は、逆さまになって、先が少し欠けていた。

赤黒い檻の中で、ウサギはどのように生きていたのだろうか。

昔は、ウサギの世話にみんな真面目に取り組んでいて、中庭にも人が盛んに出入りしていたのだろうか。

学校通信にはその様子が写真に撮られ、全国の中でも僅かな、動物を飼育する学校だと例えられていたのだろうか。

ここにいると、そんなことが頭によぎって、中学校という存在がはっきりと記憶に残ってしまいそうで、気分が悪くなりそうだった。

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