駕籠神輿

小林 広平

第1話

 この世にタクシーという物がございますが、お江戸の時代は屋でございまして、二人の男が棒に引っ提げた駕籠に乗り込む形でございました。都心では交通機関が整っているものでございますから、深夜からがタクシーの出番と、何ともキツい仕事ではございますが、この駕籠屋というのも、人力ですから肉体労働の極みという奴でして、いつの時代も辛く険しい職業でございました。


 ジリジリと陽射しとせみの鳴き声が止まぬ、だるような暑い夏の日。スカッと晴れ渡った空と比べますと、何ともだらけきった二人の男がかげで休んでおりました。暑いか着物の裾を捲り上げふんどしは丸出しと、たいの極みとも取れるふうていでございます。


駕籠屋・弥次郎:「さくどん」


駕籠屋・田吾作:「あいよ」


駕籠屋・弥次郎:「客はなさらんな」


駕籠屋・田吾作:「弥次郎どん、もう少しなたの街道沿いに行かんと無理だろうよ」


 田吾作という駕籠屋の言う事も尤もでございまして、確かに日陰に客は寄っては来ません。強い陽射しをける為に、暑さで参った時の助けの為に、御駕籠を頼るのでございますから。


駕籠屋・弥次郎:「行くかい?」


駕籠屋・田吾作:「鹿そっとうしちまうよう」


 と、やる気のかけも無い訳でございまして、これではまた女房の大目玉を食らうのは確実であるなあと、諦めかけた丁度その時でございました。


客の老主人:「ちょいとめんなすって」


 女の様な繊細な声にくるりと振り向いてみると、スラリと細身ではくはつの、うぐいすいろの着物をした、から見てもおおだなあるじといった佇まいの御老体が、さっそうとお立ち寄りになっているではございませんか。せいてんへきれきとは正にこの事。この好機を逃す訳にはいきません。口も八丁手も八丁と、あれよこれよと話をつけまして、いざ行かんと立ち上がったその時でございました。


客の老主人:「今日は朝から雲一つ無い晴天。富士の山もよく見えますよね?」


 なんて、駕籠に乗りながら富士が見たいと贅沢を言い出しましたから、こいつは何とも面倒臭い。けれども、客もとらずに家に帰れば嫁に叱られるのは目に見えている。ええい、仕方がないとばかりに、二人は嫌々ながらに客の頼みを引き受けました。

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