第15話 ファンクラブ結成と、妹の覚醒

夏祭りから数日後。


学校は、祭りの余韻がまだ続いていた。


「あれ、マジで伝説だったなー」


「紗良ちゃん、アイドルなれるって!」


そんな声が、グランドのあちこちから聞こえてくる。


俺自身も、まだあの夜の光景が忘れられなかった。


母と紗良が並んで歌っていたあのステージ。


熱気。

歓声。

拍手。


地元の小さな祭りが、一瞬だけ、本物のライブ会場になった。


(──すげぇよな、やっぱ)


心の中で改めてそう思いながら、

俺はグラウンドを歩いていた。


 



部活帰り。


たまたま水飲み場で澪とばったり会った。


「奏人くん」


澪が、少し恥ずかしそうに声をかけてきた。


「紗良ちゃんのステージ、すごかったね」


「だよな」


自然と、顔がほころぶ。


澪は、ペットボトルを両手で持ちながら、ぽつりと続けた。


「小学生の頃から、紗良ちゃんって目立ってたけど……

あんなふうに、人前で堂々とできるの、私にはとても無理だなぁ」


(……そんなことないのにな)


澪は、確かに派手じゃない。

でも、誰よりも地道に、コツコツ頑張るタイプだ。


それに、ちゃんと人のことを見てる。

優しくて、芯が強い。


だから、俺は素直に言った。


「澪には澪のいいところがあるよ」


ぽかん、と澪が俺を見る。


少し間があって──


「……っ!」


顔を真っ赤にして、うつむいた。


「そ、そんなこと……言われたら、頑張らなきゃって思っちゃうじゃん……」


ぼそぼそと呟くその様子が、

なんだかやたら可愛かった。


(やべぇ、なんかドキドキする……)


慌てて視線をそらしながら、

俺も水を飲んでごまかした。


 



 


そんな甘酸っぱいひと時を過ごしている間にも──


紗良は、確実に"伝説"への道を歩んでいた。


まず、うちのポストに手紙が入るようになった。


「紗良ちゃんのファンです!」

「サインください!」


そんな内容の手紙が、毎日、何通も届く。


挙句の果てには、家の前まで訪ねてくる奴も出た。


が。

 

そこに立ちはだかったのは──父・蓮。


「おう、何の用だ?」


鋭い目つき、屈強な体格、全力の圧。


結果──


ファンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げた。


「……さすが、元オリンピックメダリスト」


俺と紗良は、呆れ半分、感心半分で見ていた。


それ以来、家の前に人が押しかけることはなくなった。


平和、万歳。


そんな騒ぎが一段落した頃。


紗良は、また新しい道を見つけたらしい。


地元のケーブルテレビ局からオファーが来たのだ。


「紗良さん、地域レポーターをやってみませんか?」


地元イベントの取材レポートとか、

ちょっとしたインタビューとか、

そんな「地元密着型」のお仕事。


最初は、「えー、私なんかでいいの?」なんて言っていた紗良だけど──


実際に打ち合わせに行ったら、案外ノリノリだったらしい。


「だってさ~、カメラに映るのって、ゲーム感覚で楽しいんだもん!」


帰ってきた紗良は、そう言って笑った。


たしかに。


紗良には、人を惹きつけるものがある。


それは、顔が可愛いからとか、運動神経がいいからとか、

そんな表面的なものだけじゃない。


楽しんでる空気が、周りに伝わる。


それが、彼女の一番すごいところだ。


(あいつなりに、自分のやれることを見つけたんだな)


心の中で、そっとそう思った。


陸上に打ち込む俺。


地域で輝き始めた紗良。


別々の道だけど、

同じように、「今」を全力で生きている。


それが、なんだか無性に嬉しかった。

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