第15話 ファンクラブ結成と、妹の覚醒
夏祭りから数日後。
学校は、祭りの余韻がまだ続いていた。
「あれ、マジで伝説だったなー」
「紗良ちゃん、アイドルなれるって!」
そんな声が、グランドのあちこちから聞こえてくる。
俺自身も、まだあの夜の光景が忘れられなかった。
母と紗良が並んで歌っていたあのステージ。
熱気。
歓声。
拍手。
地元の小さな祭りが、一瞬だけ、本物のライブ会場になった。
(──すげぇよな、やっぱ)
心の中で改めてそう思いながら、
俺はグラウンドを歩いていた。
◇
部活帰り。
たまたま水飲み場で澪とばったり会った。
「奏人くん」
澪が、少し恥ずかしそうに声をかけてきた。
「紗良ちゃんのステージ、すごかったね」
「だよな」
自然と、顔がほころぶ。
澪は、ペットボトルを両手で持ちながら、ぽつりと続けた。
「小学生の頃から、紗良ちゃんって目立ってたけど……
あんなふうに、人前で堂々とできるの、私にはとても無理だなぁ」
(……そんなことないのにな)
澪は、確かに派手じゃない。
でも、誰よりも地道に、コツコツ頑張るタイプだ。
それに、ちゃんと人のことを見てる。
優しくて、芯が強い。
だから、俺は素直に言った。
「澪には澪のいいところがあるよ」
ぽかん、と澪が俺を見る。
少し間があって──
「……っ!」
顔を真っ赤にして、うつむいた。
「そ、そんなこと……言われたら、頑張らなきゃって思っちゃうじゃん……」
ぼそぼそと呟くその様子が、
なんだかやたら可愛かった。
(やべぇ、なんかドキドキする……)
慌てて視線をそらしながら、
俺も水を飲んでごまかした。
◇
そんな甘酸っぱいひと時を過ごしている間にも──
紗良は、確実に"伝説"への道を歩んでいた。
まず、うちのポストに手紙が入るようになった。
「紗良ちゃんのファンです!」
「サインください!」
そんな内容の手紙が、毎日、何通も届く。
挙句の果てには、家の前まで訪ねてくる奴も出た。
が。
そこに立ちはだかったのは──父・蓮。
「おう、何の用だ?」
鋭い目つき、屈強な体格、全力の圧。
結果──
ファンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げた。
「……さすが、元オリンピックメダリスト」
俺と紗良は、呆れ半分、感心半分で見ていた。
それ以来、家の前に人が押しかけることはなくなった。
平和、万歳。
そんな騒ぎが一段落した頃。
紗良は、また新しい道を見つけたらしい。
地元のケーブルテレビ局からオファーが来たのだ。
「紗良さん、地域レポーターをやってみませんか?」
地元イベントの取材レポートとか、
ちょっとしたインタビューとか、
そんな「地元密着型」のお仕事。
最初は、「えー、私なんかでいいの?」なんて言っていた紗良だけど──
実際に打ち合わせに行ったら、案外ノリノリだったらしい。
「だってさ~、カメラに映るのって、ゲーム感覚で楽しいんだもん!」
帰ってきた紗良は、そう言って笑った。
たしかに。
紗良には、人を惹きつけるものがある。
それは、顔が可愛いからとか、運動神経がいいからとか、
そんな表面的なものだけじゃない。
楽しんでる空気が、周りに伝わる。
それが、彼女の一番すごいところだ。
(あいつなりに、自分のやれることを見つけたんだな)
心の中で、そっとそう思った。
陸上に打ち込む俺。
地域で輝き始めた紗良。
別々の道だけど、
同じように、「今」を全力で生きている。
それが、なんだか無性に嬉しかった。
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