第1話 助けて騎士様!

甲冑騎士さんとお散歩、ではなく守ってもらいながら大草原を抜ける事になった俺は、驚くほど足手まといだった。


「横から来るぞ!避けろ!」

「どうやってぇぇ!?」


魔物が放った矢が飛び交い、俺は屈んで頭を守る。

一本でも刺さったら多分死ぬ。

いや、それは言い過ぎた。

でも魔物が扱う矢なんてばっちぃに決まってる。

だから俺はかすり傷一つすらも作らないように必死に身を屈めた。


しばらく屈んでいると飛んでくる矢は消えて静寂がその場を制した。

ゆっくり顔を上げると甲冑騎士さんが剣を鞘へと仕舞う瞬間だった。


「ホッ」

「ホッではない。お前、何もできんのか?」

できてたらやってるよとっくに。

できないからこうやって守ってもらってんだ。


「想像以上に役立たずだな」

「まあまあまあ」

俺が頭を掻いて笑顔を浮かべると甲冑騎士さんは呆れたような溜息をつく。


「まあいい。さっさとここを抜けるぞ」

「うぃっす」

とにかく俺はこの人から離れたら死ぬ。

武器もない運動神経も悪いTシャツ一枚のラフな俺。

矢どころか石が飛んできても怪我するよ。


しばらく歩いていると思い出したかのように甲冑騎士さんが振り返った。


「そういえば名前を聞いていなかったな」

「あ、そういえば。俺は夜葉杉丸です」

「なに?よわすぎます?」

「違う違う!ヨハスギ!マル!」

「弱すぎますか……」

「耳遠いなぁぁぁ!ええ!?」

流石の俺もついイラッとして声を荒げてしまう。

すると甲冑騎士さんがフフッと笑った。


「すまない、少しフザケただけだ」

甲冑で顔が見えないからフザケても分かんねぇよ。


「私はクリス……いや、ディーナだ。ただのディーナ」

「ただのディーナさんって言うんですか。よろしくお願いします!」

「違う、ディーナ、だ!」

怒られた。

俺もフザケただけなのに。


でも冒頭クリスって言ったけどディーナは偽名かな。

まあそうだよな、俺みたいなよく分からん奴に本名は名乗らんよな。


というかクールな声だな。

さぞかし顔も美しいんだろうな。

甲冑……取ってくれないかな。


「あのーディーナさん。つかぬ事を聞きますが……その甲冑脱がないんですか?」

「脱がん。戦場で脱ぐわけがなかろう」

それはそう。

確かにディーナさんの言う通りだ。


「なんだ、私の顔が気になるのか?」

仰るとおりで。

まあそりゃあ気になるよな。

だって声が綺麗だから。


「気になりますよ。だって街に着いたらお礼しなきゃだし、顔も分からない名前も違うとなったら探しようがない」

「……なに?」

何か気に触ったのかディーナさんの声色が少し低くなった。

俺何か変な事言ったかな。


「何故私の名前が偽名だと分かる」

「あーいや、最初にクリスって言ったじゃないですか。その後にディーナって名乗ったんで咄嗟に偽名を言ったのかなと」

「……そういう事か。紛らわしい」

なんかちょっと怒られたけどなんで?


「友人の名前と間違えただけだ」

いやそれは無理があるだろ。

自分の名前言うのに友人の名前間違えて言うやつ聞いたことねぇよ。


とりあえずそういう事にしておいて、別の話題へと切り替える。


「そういや今向かってる街ってどんなところなんですか?」

「む、そんな事も知らんのか。本当に何も知らんのだなマルは」

知ってるのはここが幻惑の大草原って名前がついてることくらいかな。

自慢じゃないけど。


「今向かっている街はクリステル王国辺境の街、パスィーユだ。辺境とはいえそれなりに栄えていて見る所も多い」

ぱし、ぱすい……何だって?


「パスィーユは冒険者も多くてな。私のようなソロもいればパーティーを組んでいる者も多い」

「へー、それは楽しみですねぇ」

冒険者ギルドとかあったりすんのかな?

めっちゃ楽しみになってきた。

あれだろ、よくある定番のやつ。


冒険者ギルドに顔出した俺に突っかかってくるベテランの冒険者。

おいおいテメーみてぇなヒヨッコお呼びじゃねーんだよ!的なやつ。

そんで俺がワタワタしてるところにヒロインの助けが入る、ってやつだ。

おお、想像しただけで胸が躍るな。


「なんだ、急にニヤニヤするな気持ち悪い」

そんな想像を膨らませる俺にいきなりのディス。

楽しかった気持ちが一気に沈んじまったよ。

ディーナさんの声色は明らかに美女のソレだから余計にダメージがでかい。


「で、マルは身分証明書は持っているのか?」

「見て分かる通り手ぶらです」

「……よくそれで生きていたな。いや、それはいいとして身分証明書がなければ街には入れんぞ」

ええー!?

聞いてないぞそんなの!

どうすんだよ、今から何かそれっぽい証明書作るか?

いや無理だわ、ここ大草原だし。



「運が良かったな。私がいれば何とかなる」

「そうなんですか?ディーナさんかっけー!」

「フッ、そうおだてても何も出んぞ」

とか言いながらディーナさんは懐から鉄の板を取り出した。

これ見よがしに見せびらかしてくるけどなんだそれ。


「私はこれでも白金級の冒険者だ。一般的な冒険者より上の格。つまり、私が一緒にいれば身元は保証されるというわけだ」

「へーそれは凄い」

全然分からん。

それが凄いのかどうかなんて。


まあでも金ってついてるくらいだしかなり上のクラスなんだろうなって事は想像がつく。


「白金級の冒険者って強いんですか?」

「当然だ。私より強いやつなど英雄級と神話級しかおらん」

うわ、めっちゃ強そう。

字面が強いわもう。

じゃあディーナさんはベテラン冒険者ってことか。


「こんな幻惑の大草原でソロ攻略する者など白銀級以上でなければ不可能だからな」

「よく生きてましたね俺」

いや本当に。

あのスライムだってもしかしたらめっちゃ強いスライムだったんじゃないか?

だから俺の渾身の拳を華麗にスルーしたのかもしれない。


「だが幻惑の大草原が恐ろしいと言われるのは深部まで行けばの話だ。この辺りは下級冒険者でも動ける」

「じゃあ俺が出会ったスライムは……?」

「多分ただのスライムだろう」

何だよ、雑魚って事か。

そんな雑魚すら倒せない俺は真の雑魚だな。

ハハッ、笑えねー。


「ただ道中で襲ってきたゴブリンやマルと出会った時に戦っていたゴブリン共は装備が潤沢だった。中級、いや上級冒険者でなくては厳しい戦いを強いられていたかもしれん」

ゴブリンって最雑魚モンスターってイメージが強いけど、種類があるんだな。

俺が最初に出会った魔物がゴブリンだったら確実に死んでたわ。


その後もこの世界の事を色々と教えて貰った。

冒険者のランクは上から数えて神話級、英雄級、白金級、白銀級、上級、中級、下級と定められているらしい。

ディーナさんは上から三番目だからかなり強い方だ。

ちなみに俺は多分下級冒険者より弱いそうだ。


というのもスライムすらまともに倒せない奴は冒険者試験にクリアする事すら不可能らしい。


残念ながら俺の冒険者人生は早くも詰んだ。


それともう一つ大切な事を教えて貰った。

この世界の常識だ。

王国貨幣は価値の高いものから、虹金貨、白金貨、金貨、銀貨、銅貨。

銅貨一枚でパンが一つ買えることからおおよそ日本円で百円といったところだろう。

銀貨は一万円、金貨は百万、白金貨は一千万円、虹金貨は一億円って感じだった。


まあ割とよくある異世界ものの漫画と同じ感じだったお陰ですぐに覚えられそうだ。



「む、見えてきたぞ」

話し込んでいるといよいよ街が見えてきた。

防壁に囲まれた大きな街。

白を基調としているのか全体的に見た目が白一色だ。



これから異世界での生活が始まると思うと俺はワクワクが止まらなかった。

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