第25話

あの日の感覚が、まだ身体のどこかに残っていた。

構造と意志が繋がり、俺とリオナがスフィアと“会話”したあの瞬間。

あれは現実だった。夢じゃない。

俺たちの中に確かに刻まれていて、何度思い返しても言葉にならないほどの深さと重さがあった。


その翌日、俺は目覚めてすぐ、空を見た。


都市の天蓋の向こう、スフィアは今日も浮かんでいる。

変わらず、そこにいる。

ただの球体じゃない。観測対象でも、敵でもない。

俺にとっては、もはや“対話者”だった。


「ユウト。体温正常。脳波も安定。覚醒後の精神波、昨日より落ち着いています。……今日は、平穏ですね」


ミラの声が耳元でやさしく響く。


「平穏、か……変な感じだよな。あれだけのことがあって、何も変わってないみたいに見えるなんて」


「表面は変わらなくても、内部は大きく動いています。あなたの意識も、都市の構造も、少しずつ変化しています」


ミラがそう言うと、窓の向こうに目をやった。


朝の光が建物の壁を染めて、道路には人が流れていた。

普段通りの景色だった。

でも、俺にはもう違って見えていた。


あのスフィアとの接続以来、世界は“透明”になった気がする。

見ようとさえすれば、全ての構造が浮かび上がってくる。

都市のシステム、空気の流れ、人の歩調、交通制御ライン──それら全部が繋がり合って、“ひとつの構造”として目に入る。


見えすぎる。それが少し、怖くもある。

でも、だからこそ、俺はもう後戻りできない。


着替えを済ませて、アージェントの研究棟へ向かった。

リオナとの約束があったからだ。


昨日の記録を再確認し、新たに生まれた構造共鳴プロトコルの解析を一緒に行う。

それは俺たちにしかできない作業だった。


研究棟のホールを抜けると、もう彼女はいた。


いつもの訓練服ではなく、少しラフな制服姿。

それだけで、なんだか少し雰囲気が違って見えた。


「おはよう、ユウト」


「おはよう、リオナ。早いな。……昨日のこと、ずっと考えてた?」


「うん。夜、眠れなかった。あの“存在”のこととか、“問い”の意味とか。あんなにも真っ直ぐに聞かれたの、初めてだった」


彼女はカップに入ったコーヒーを軽く揺らしながら、真っ直ぐ俺を見た。


「ねえ、ユウト。あれってさ……もしかして、“共鳴する存在”を求めてたんじゃないかな。スフィアの中の意志は、自分と同じ“観測者”を」


「……俺も、そんな気がした。“お前たちは何だ?”って問いには、“お前たちと同じだ”って答えを待ってたんじゃないかって」


「それなら、これから私たちがやるべきことは──“繋げる”ことだよね。構造と、存在と、スフィアと、人と」


彼女の言葉に、俺は強く頷いた。


「そうだな。あの対話が偶然だったなんて、絶対に思わない。……必然だったんだ。

俺と、リオナがここにいることも、スキルを手にしたことも」


その時、ミラが通知を入れてきた。


「ユウト。神城主任より連絡が入りました。“第二段階演算接続”の準備が整ったとのことです。

本日午後、あなたとリオナさんに対し、“フェイズ深層第2階層”への接続許可が下りました」


俺の心臓が、一気に脈を打ち始める。


「第2階層……行けるのか、俺たち。もう一段、深い構造へ……」


「君たちは既に“接続者”です。次に進むための鍵は、あなたの中にあります。

準備は、すでに完了しています」


リオナが息を吸い、目を閉じた。


「……視よう、もう一度。次の階層の“声”を。

私たちが、何者かを問い返される場所へ」


俺も、同じように目を閉じた。


今度は、恐くない。

構造を読む。理解する。そして、存在と繋がる。


それが、俺たちのスキルの意味。


──そして今、俺たちはその意味を、次の“構造”に問う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る