第9話

朝が来た。


部屋の壁面が自動で淡い橙色に染まり、擬似的な太陽光が室内に広がる。

それと同時に、天井スピーカーからミラの声が聞こえてきた。


「おはようございます、ユウト。午前六時三十分です。予定通りに起床できれば、訓練エリアまでの移動に十分余裕があります」


「……おはよう、ミラ」


寝起きの声で答えると、ミラのホログラムがベッドサイドに浮かび上がった。


「体調スキャンの結果、睡眠状態は安定しており、脳波パターンも標準以上です。初期適合者としては理想的な目覚めです」


「……それ、褒めてんのか?」


「はい。全力で」


「ありがと」


軽く伸びをしてから、ベッドを出た。

昨夜の不安は、不思議とほとんど残っていなかった。

緊張しているはずなのに、身体は軽く、意識も冴えている。


洗面ユニットを済ませ、支給された訓練服に袖を通す。

黒を基調にした伸縮素材で、身体の動きにぴったりとフィットした。


胸元には《ARGENT》の文字と、識別コード【HY01】が刺繍されている。


(ほんとに、俺はもう……ただの高校生じゃなくなったんだな)


改めて鏡を見ながら、そう思った。


「訓練開始時刻は七時ちょうど。メインアリーナに到着するまでおよそ五分です」


「了解。じゃあ、行こうか」


「エレベーターまでご案内します」


ミラが前方にナビゲーションラインを展開する。

その青い光に導かれながら、俺は歩き出した。


廊下はまだ薄暗く、他の適合者の姿は見えなかった。

誰よりも早く目覚め、誰よりも早く動き出す──それは少しだけ、誇らしかった。


やがてエレベーターに到着し、下降する。

ドアが開いた先には、昨日見た巨大なドーム型訓練空間メインアリーナが広がっていた。


「うわ……」


思わず声が漏れる。

内部は完全な球体構造で、地面にも壁にも天井にも、区別がなかった。


その中心には、既に数名の訓練生たちが立っていた。


俺と同じように黒い訓練服を着ていて、年齢も近そうだ。

ただ、その視線には、どこか“戦士”の色があった。


(これが……仲間、なのか?)


「ユウト、右前方にノイ教官を確認」


ミラのナビゲートに従って顔を向けると、ノイがいた。

昨日と同じ黒いスーツ姿だが、その表情は昨日よりも鋭さを増していた。


「来たわね、ユウト。時間ぴったり、いい心がけ」


「おはようございます」


「今日から君は正式に訓練枠に登録される。と言っても、初日は基礎データの確認と、スキル出力テストだけ。気楽にいこう」


そう言いながらも、ノイの視線は微細な変化も逃さない観測者の目をしていた。


「君のスキル《構造解析》は高演算型。出力制御のミスは、内部崩壊に繋がる。くれぐれも過負荷に気をつけて」


「……はい」


「じゃあ、まずは自己紹介から始めてもらうわ。新入りってことで、注目されてるから、しっかりね」


ノイが合図すると、周囲にいた訓練生たちの視線が一斉に集まった。


その視線の中には、好奇心も、警戒も、ライバル心もあった。


(試されてる……)


俺は深呼吸を一つして、前に出た。


「速水ユウト。スキルは《構造解析》。昨日、スフィア事案の現場で初出現しました。……まだ何も知らないけど、ここで全部、覚えるつもりです。よろしくお願いします」


一瞬、静寂。

それから──


「構造解析……マジかよ」

「噂の“スキャン即撃破”の奴か」

「適合初日でゼロスペ落としたって……化け物じゃん」


ざわつきが広がる。

けれど、そのざわめきには、明確な敵意はなかった。


「では、これより適合者・速水ユウトのスキル基礎演算を開始する」


ノイの声が響き、中央フロアに青い円形フィールドが展開される。


「ユウト、中央に立って。スキルを意識的に発動して、“何か”を視て」


「了解」


俺はフィールドの中心へ立った。

両目を閉じて、意識を沈める。


──さあ、視ろ。

世界の構造を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る