第5話

「さてと、準備が整ったら施設の案内をするわ。今後、君が所属することになる“アージェント東京拠点”。通称シェルへようこそ」


ノイの言葉に導かれ、俺は施設内を歩き始めた。


外に出ると、そこはまるで未来都市の中枢だった。

高い天井、金属とガラスが複雑に組み合わされた構造体。

フロアの床面には、動くホログラフ表示が次々と浮かび、空間そのものが情報で満ちている。


「この施設は、都市防衛とスキル研究、それに訓練施設を兼ねた複合構造よ。適合者は階層別に分かれてて、Dランクの君は第六セクション所属になるわ」


「……こういう場所が、東京のど真ん中にあったなんて」


「見えないようにできてるから。外からは、ただの地下輸送拠点に見えるの。都市AI《ヨリツナ》と直結してて、遮蔽率は99.999%」


ノイの口からさらりと出てくる単語に、毎回ちょっとずつ脳が追いつかなくなる。


「適合者の数は、現在全国で約二千人。東京にはそのうち六百人が集中してる。君みたいな高位スキルは全体でも百人未満よ」


「そんなに少ないのか……」


「それだけ選ばれし存在ってこと。だから、自覚は持って」


その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなる。

まだ何もしてないけど、ほんの少しだけ、“自分が特別なんだ”と思えてしまうのが怖かった。


フロアを抜けると、開けた訓練エリアに出た。


そこは広大なドーム型空間で、まるで巨大なアリーナのようだった。

中央では二人の若者が、互いにスキルを展開しながら戦っている。


一人は、腕から青い光を放ち、地面に氷のような結晶を広げるスキル。

もう一人は、背中に浮遊装置を展開し、レーザーのようなものを撃ち返していた。


「これが……スキルの戦い……」


俺が思わず声を漏らすと、ノイは横でうなずいた。


「この演習は模擬戦だけど、ゼロスペシーズ相手の実戦と何ら変わらない精度よ。君にもいずれ、こういう場が与えられる」


「俺が……ここで、戦う……」


現実味がない。


でも、目の前の光景は確かに“リアル”だった。

まるでファンタジーのような戦い。でもそこには理屈があり、秩序があり、戦略があった。


ノイが腕時計型の端末を操作すると、端末の中から通信音が鳴った。


「セクターDの新適合者、速水ユウトのデータを送信。スキル分類:構造解析、干渉レベルS候補。初回スキャン終了。現在、本人と第六エリアに移動中」


その言葉と同時に、周囲の施設スタッフがこちらに一瞬だけ視線を向けた。


その視線は、“期待”と“驚き”と、それから少しの“疑い”が混じっていた。


「……みんな、知ってるのか?」


「当たり前よ。スキルの発現情報はネットワークで即時共有される。何せ君、出現から初撃破までの記録時間、歴代最速だから」


「……は?」


「五秒よ。ゼロスペシーズを視認してから、スキル発動、敵構造の崩壊まで。前例ないわ」


その言葉に、思わず絶句する。


(五秒で……? あれ、そんなに早かったのか?)


自分では必死だった。でも、他人から見れば──それは、“規格外”だったらしい。


「早速、データ部門と上層部から君にアクセス申請が来てるわ。今日は軽く案内するけど、明日から本格的な訓練が始まる」


「そっか……」


「怖い?」


「……ちょっと。でも、それより──」


ノイがこちらを見る。


「俺、あれからずっと考えてるんだ。スキルが“意志”を反映してるなら、あの時、俺は何を思ったのか」


「そう」


「俺、多分──“変えたい”って思ったんだ。

この街とか、人とか。目の前の現実とか。……自分とか、全部」


その言葉に、ノイはゆっくりと目を細めた。


そして、ポツリとつぶやいた。


「いい動機ね。破壊じゃない、“再構築”。君のスキルの本質だわ、それ」

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