第7話「騎士と軍師」
王都アルカディアの中心、王城より北東に位置する**“白翼の演習場”**――
そこは貴族子弟や騎士候補生たちが訓練を積む、名門騎士団の専用施設だった。
陽光を反射する白い大理石の壁面。
床には幾何学模様の魔導陣が描かれ、魔力圧縮による結界が張られている。
空気は乾いて澄み、剣戟の音、騎馬の蹄、号令の声が交錯する。
「……場違い、かと思ったけど」
シオンはフードを外し、中央の練兵場を見下ろす観覧席へと進む。
風が銀の髪を揺らし、紫の瞳に陽光が映る。
(力だけが支配する場――ここで、私は“知”を証明する)
この日、彼女は王命によって騎士団の戦術演習に“助言者”として招かれていた。
理由はひとつ。
――王直属魔導騎士団副隊長・レティア・フォン・セレスティアとの接見。
***
「あなたが……例の“子供の軍師”?」
レティアは剣を腰に下げ、軽やかな足取りでシオンの前に現れた。
翠緑の長髪を揺らし、白銀の礼装に身を包んだ姿は、騎士というより“貴婦人”のようでもあった。
だがその目は、獣のように鋭く――一切の油断を許さない気迫を放っている。
「アストレア家の養女、シオンと申します」
「噂以上ね。五歳にも満たない体で、子爵を沈黙させ、王都を動かした。……面白いわ」
「私もあなたに興味があります。“王都最速の刃”と呼ばれた騎士が、今は“人事を観察する役”に回っている」
「分析も早いのね。でも私は、そういうタイプが苦手なの」
「私も、“剣で物を語る人”はあまり好きではありません」
ふっと、レティアの唇が笑った。
「……いいわ。言葉より、証明してみせなさい。演習の“第二戦線配置”。あなたが組んだ布陣で、私の部隊に勝てるか」
「構いません。“知”と“刃”、どちらが上か――この場で確かめましょう」
***
演習開始。
シオンが作戦卓で操るのは、《ミニア陣形シミュレータ》と呼ばれる結晶構造魔導演算機だった。
透明な盤面の上に、魔力の糸で構成された兵駒が浮かび、陣形を再現する。
「敵本隊の突破力は高い。“正面防衛”は意味を成しません。重点は、二重外縁構造――『閉月の盾陣』で迎え撃つ」
「エルン第七小隊、丘の死角へ。発光信号は“藍光”、偽装魔術で火力誘導を!」
部下たちがその指示を次々に転送する。
(この戦場は“模擬”だが、情報と指揮の応酬は本物)
一方、騎馬を駆るレティアは前線で自在に動き回っていた。
「突撃、第三斜線から斜め切り裂き! 小隊分断、追撃開始!」
彼女の剣が模擬魔力の兵士を斬り裂き、戦場を暴れまわる。
(“最速の刃”は伊達じゃない。だが――)
「陣形“転”。右方斜線に“空蝉”。左の偽装点に“震脚”を配置」
“震脚”――魔導陣に組み込まれた衝撃転送の仕掛け。
次の瞬間、レティアの騎馬が足元をすくわれた。
「くっ……これは……!」
レティアは反射的に飛び退き、地面を見た。
「……陣形に、“罠”を仕込んでいたのね?」
「はい。“予測される進軍経路”に対して、“選択不能な分岐”を設けました。騎士であるあなたは、“前に進む”しかないですから」
「……なるほど。完全にやられたわね」
***
演習後。
二人は、石畳の歩廊を並んで歩いていた。
「剣を扱う者は、“速さ”と“力”に頼る。けど、戦場には必ず“思考の罠”がある」
「逆もまた然りよ。“策”ばかりに頼っていると、剣一本で打ち砕かれるわ」
二人は立ち止まり、向き合った。
「でも、あなたとは――共に戦えそうね」
「私も、そう思います。“剣を信じられる相手”がいるなら、“策”も活きますから」
風が吹いた。
白翼の演習場の上空に、星がきらめく。
その星の一つが、静かに軌道を変え始めた。
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