第4話 久しぶりの富士山
【職員になって初めてのお山】
入社してから初めての頂上勤務である。これで学生の時と入れて三回目である。
さすがに俺も学習したのか、今回は風邪を引くこともなく、高山病に悩まされることなく、山の生活に順応することが出来た。
俺の神社での席順は最下位であるので、任されたのは学生の管理である。
ところがこの時――とんでもない学生がひとり紛れ込んでいたことに気づかなかった。
最初は大人しく礼儀正しく良いやつだと思ったのだが、これが曲者だった。
身体も小さく強そうには見えなかったのだが、実は服の後ろに強靭な肉体を隠し持っていたのだ。
おとなしい人だなと思って山に登る際にはいっしょに登ったのだが――それからだった。
だいたい俺も当時は二十歳そこそこで社会人なりたての生意気なガキだった。それに関しては否めず反省の至りではあるが――。
しかし、朝早くから参拝者(登山者なのだがそうは言わない)が押し寄せ、戦争のような状況なので、きっちり学生の隊長になって指導力を発揮しなければならない。
ニコニコしている場合ではないのだ。
神主ではあるがけっこう言葉も激しく叱ってやることもあった。怒るわけでもないがそれも仕事の一環なのだ。
そこで悪いことに俺も生意気盛りでかなり強烈にまくし立てたことがあった。それがその問題の男の逆鱗に触れてしまったのだ。男のほうがもちろん大学生なので二つ三つ年上である。
当時そんな上下関係に先輩後輩のことに希薄だったのは俺が悪いのだった。
しかし後の祭りである。完全に上下が逆転してしまった。
あとで聞いたところによれば、彼は格闘術のプロということだった。非常にやばい状態だったのだ。
上には一ヶ月くらいいて前半と後半に別れ交代で勤務をするのだが、俺はその時後半の部だった。
頂上では山なので湿気が多く、晴れていたかと思えばすぐに
ようやく晴れの天気になったので、ふとんを干そうということになった。とうぜん俺の出番である。
――フトンを神社の裏とか回りに干し終わったので、噴火口に降りていって日光浴をしようと思った。
噴火口には降りられないが――中段に相当するところにちょっとした町が出来るほどの広い場所があり――そこまで降りていった。
俺はもともと男のくせに色白のところもあり、いわゆるモヤシみたいに言われたりしたので、黒くなることには憧れがあった。
さっそく半身を脱いで寝そべり日光浴を始めようと思っていると――すぐにどこからか変な虫がやってきた。
そういえば学生の時に写真撮影をジャマしてくれたあの虫だろうかと、嫌な予感しかしなかったが、案の定そいつだった。
――不思議なことに遠くから飛んでくる様が、まるでズームされているかのように手に取るようにわかった。
〈この変な虫とはその後、付き合いが長くなるのだが〉
そしてこの変態な虫は――まるで日光浴を邪魔するかのように、顔の真ん前でブンブン飛び回ったいるのだ。
針は持っていないと思うのだが、ハチのように攻撃するでもなく、やたらうるさい奴だった。
なんとなく愛着さえ感じてくるのが不思議なのだが……。
――あんまりうるさいので手で払おうとしたら、スッといなくなって火口のほうへと飛んでいった。あんがい素直なやつだ。
――すると今度は雲が邪魔しにかかってきた。
それまで晴天だったのに、山の天気は気まぐれではあるが、羽衣のようなうすい綿雲が出てきて、太陽を遮ったのだった。
昼休みは短いのでそんなこんなで日光浴は諦め神社へと帰った。
――するとその夜のことだった。
……熱くて寝られない。
顔から何から背中まで――焼きごてを押し付けられているような焼けた痛さで一晩中のたうち回ったのだった。
邪魔されてあまり焼けないと思ったのだが――じゅうぶん焼きすぎてしまった。
――朝になって聞いてみると、頂上の日光は地上よりも日差しが強いらしく、日光浴をする奴は馬鹿だけだと言われた。
もしかしてあの虫も雲もこのことを心配して邪魔をしに来たのだろうか?
俺は中空をぼうっと見つめ――なにか不思議な面持ちであった。
【お山のようす】
ここで富士山の頂上がどんなものか見てみよう。
じつは俺は富士山に来るまで頂上がどうなっているのか知らなかった。
なんとなく凸凹した――なんとなく平べったい感じなのかな――となんとなく思っていた。
当時はスマホもなくPCも初期型で記憶はすべてうすっぺらいせんべいのような媒体を差し込んで記憶するという程のものだった。
いまのようになんでも検索してAIが答えてくれるような時代ではない。情報がまったく乏しく、情報が正しくともそれを調べる方法がかなり限定的だったのだ。
今なら――富士山を検索すると頂上の写真もすぐに出てくる。
富士山は何度も噴火した噴火山であり、うえにはポッカリ巨大な噴火口がある。
〈当時の俺はそれさえ知らなかった〉
人間が生活できるとしたら、噴火口の周りの縁部分で――それを〈お鉢〉と読んでいる。
このお鉢を歩いてぐるりと回り景色を楽しむのを〈お鉢めぐり〉というのだが、俺も何回かやって楽しんだ。
下に広がる広大な富士山の裾野と遠大な山々の連なりが、新鮮な空気とともに心を洗わせてくれる。
たまにリタイアした美人の元巫女さんといっしょにお鉢を回ったが――咲耶姫に嫉妬されるのではないかと危ぶまれ、鼻の下がむず
噴火口の東西に西の宮と東の宮がある。西の宮は京都の方角を向いており格が上である。
東は関東を向いており、そちらからの登山者のほうが多い。だから江戸からの参拝者もすべてこちらから登った。今も昔も人の多さから、東の宮のほうが賑わっているのかも知れない。
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