第3話   三人の巫女さん   

 実家は伊勢にあるのだし伊勢の女をお嫁さんにするのが良いだろうと思ったが、三人の女の登場でその考えはもろくも崩れ去ってしまった。


 赴任してから一・二ヶ月たったころ――女性から手紙が来た。社名入りの茶封筒であった。

 女性からの手紙だといぶかしがられるだろうという、彼女なりの知恵であったろう。

 しかし、あろうことか――運命の神は俺の心のなかから、すでに彼女を葬り去っていた。

〈あなたについてどこへでも行きます〉という純粋な愛情は、怒涛の濁流へと流されてしまっていた。


 ――けっきょく俺は彼女へ返事を出さなかった。

 冷酷とか人でなしとか言われても仕方ない。

 歴史にイフはないとよく言われるが――この時彼女と歩を進めていたら、まったく違った人生を歩んでいただろう。

 どちらが幸せだったかそれを知る由もないし、俺の人生はそもそも最初から決まっていたのかも知れない。


 

 数ヶ月して仕事にも職場にも慣れたころ――福利厚生の一環だと思われる神社の研修旅行があった。

 一泊の旅行なのであまり大したことはないが仕事よりはましだ。たまには手を休めるのもよい。

 ということで県内のとある有名な渓谷へ行った。全部会社持ちなので小遣いさえ持っていけば良い。

 渓谷にはつり橋が掛かっており、舐めてかかって渡ったがとんでもなく怖かった。

 じつはそこで巫女さんの一人と戯れて遊んだ。といっても大したことをしたわけじゃない。

 あとから考えてみると俺より彼女のほうがていたのかもしれない。

 その娘の名前はヒロといった。たしかに男勝りな名前だが――ま、まあその通りだ。

 性格がサバサバしているのだが、けっして男っぽいというわけではない。

 女としては色気が多すぎる感じだ。 

 胸はおおきく(これは俺のなかでの女の尺度の問題だ)丸顔で、ドングリまなこが可愛く、背は女の子にしては高く、俺より少し低いくらいでちょうどよい。

 背丈は俺と同じでも良いくらいだが――これは男性によって背の高い低いは好みがわかれるだろう。

 人によっては背の低いほうが取り回しがよく扱いやすいので良いとか――俺の場合はめちゃくちゃ背が高いのも肯定派だ。そのほうが安心感があるし、背が同じくらいのほうがいろいろと楽しめてよいと思う。一生使っていくのだから楽しめないとね。


 なんのためにちょうど良いかわからぬ?が、いずれにしろ最初に好きになったのがこの女だった。

 戯れてからつり橋を渡ったのだが、だれか揺らすやつがいて、俺は泣きそうな顔をしてそいつを恨んだ。

 俺はそのときこの女――ヒロのことがやるせないほど好きだったのかも知れない。なにかこう――心を締め付けるものがあった。


 旅館についてからは特になにをするでもなく――出来るわけないのだが、添乗員の人とそのころ流行りのテレビゲームをやって遊んだ。

 相部屋だった同僚の佐士原さしはらは二つ年上だったが、年上とかそんなことにはこだわらない性格で助かった。

 こっちは二年制――向こうは四年制の大学を出てくるのだから、年齢差になってしまう。

『今からスナック行ってみる?』佐士原が聞いてくる。

「あ――そうですね」 

『茶摘みババアが出てくるかもな――爪に茶葉カスがこびりついてたりしてよぅ』

「ヤバイなそれ――昼は茶摘み婆――夜はスナック掛け持ちで……」

 そういって二人で爆笑した。


 会社に帰ってから何とかタイミングを見つけてヒロをデートに誘った。

 彼女は情報によると男に振られたばかりで傷心だったらしい。

 俺はそこにつけこんだ、といったら聞こえが悪いが、慰めてあげたら――と思ったわけだが――けっきょくうまくいかなかった。

 少し急ぎすぎたのかも知れない。じっくり行けばよいと思うのだが焦りすぎた。彼女はまだ癒えていなかったのだ。



 次に手を出したのはナミだった。――つまり俺は三人の巫女さんみんな好きになった。最後には怖くて手を出さなかったものの――ヨミに惚れたのだが、それはのちほど。

 セックスアピールはヒロが一番だったが――ナミは妹としても良いのかなと思ったた。――それがとんでもない恋愛地獄を見ることになるのだが……。


 けっきょく数ヶ月で破局することになり俺は、二度目の失恋を味わうことになった。俺にとって恋愛は遊びではなく――嫁さん探しの一環だったので、真剣そのものであった。


 あまりに打ちひしがれていたので、神さまが憐れんだのか――女子高生の天使を使わしてくれたのだろうか……。

 あっという間に時間ときが流れ――年末となっていた。

 年末年始はどこの神社でも掻き入れ時となる。お宮でも女子高生のアルバイトを大勢雇って神札授与品、縁起物など、正月の準備に大忙しだった。

 大勢いるので高校生のことなどわかるわけないが、一人の女の子が俺に好意を寄せているらしいことが解かった。

 大胆にも女の子のほうから俺を誘ってきた。

 俺のほうも軽い気持ちでオッケーした。

 待ち合わせ場所は桜之宮駅ちかくの喫茶店だった。

 彼女の名前はミッチといった。

 恋愛初心者の俺とよくわからない女子高生のカップルは、いろいろなことを話し――彼女は俺に告白しそうだったが、俺は言葉を濁した。――即答できなかった。

 夜も遅くなったのでタクシーを手配し家へと送ってもらった。

 

 その後――彼女からの猛アタックが始まった。

 悩んでもいたのだが――まんざら悪い気もしなかった。彼女はけっこう可愛かったのだ。

 ある時――どうにか約束を取り付け、お宮ちかくの喫茶店に誘った。

 時間通りに俺がそこを歩いていると、だれもいない通りから彼女が、スカートの裾をひるがえして走ってくるのが見えた。

 それは俺の人生のなかで――一番の美しい光景だった。

 彼女は輝いて見えた。まちがいなく映画かドラマの感動シーン間違いなしだ。

 俺は話し下手なのか会話は弾まなかったが――彼女にとってはそんなことはどうでも良いらしかった。俺といっしょにいればよかったらしい。

 チョコレートパフェみたいなのを頼んだが――ミッチは鼻にクリームをつけてしまった。……笑うに笑えない。 

 俺はたまたまお店にあったブレスレットを買って彼女の手首につけてやった。


 だが――それを最後に色々と考え、俺はミッチと別れることにした。

 ふつうだったらナミのことはあきらめ――ミッチと人生を歩むことが出来たかも知れない。

 だが――ちょっと気になることがあった。彼女は血液型がふつうの人とは違っていたのだ。感染症のリスクが高く、輸血の際も限定的だった。

 完ぺきを求める俺には彼女を選ぶことは出来なかった。

 しかし、彼女はまだ高校生――俺だって二十歳を過ぎたくらいのひよっこだ。

 それから長いこと付き合っても結婚までこぎつけるだろうか? それははなはだ疑問である。

 数年立って俺は彼女を神社のアルバイトに誘った。

 なんとか禰宜さんを口説き落として雇ってもらった。

 それを伝えるためにまた同じ喫茶店の同じ席に座らせた。

 意味深な演出だが――俺は彼女とよりを戻したかったのかも知れない。

 ――だが、失われた時間はもどってこなかった。下を向いてまったく話さず固まっている様がそれを物語っていた。


 俺はやっぱりナミのことが捨てきれなかったのだろう。

 俺はナミのもとへ戻っていった。その扉も閉じられていたのだが……。



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