ここは森、私は誰?
草壁
第1話
頭に響く鈍痛で目が覚める。
二日酔いか、はたまたどこかに頭でもぶつけたか。前者ならともかく、後者であれば意識を失うほどの衝撃なのだから場合によっては病院だなと考えながら血が出ていないか確認するために手で頭を触れようとして違和感を覚える。
僕の腕はこんなにも華奢だっただろうか、と。
腕をまじまじと見つめるが、違和感がそれだけではないことに気が付く。
森だ。
今いる場所は紛れもなく森なのだ。
現代日本人が森に行く機会など、山に登るとか、キャンプだとか、山菜採りに行くといった趣味くらいでしかないが、僕にそういった趣味は無い、はずだ。
いや、そもそも……私は誰だ?
自分の名前が思い出せない。
華奢な腕に違和感を覚えたことと、自然に出てきた一人称が“僕”だったことから男だった可能性が高いが……。
現状を確かめるため、自らの体を触っていく。頭は…傷は無いようだ。
そして男にしては柔らかい肌、そして上から……控えめだが確かにある、細い、無い。
無いかぁ……。
ついでに言えば髪の毛も長い萌黄色……萌黄色!?
「うわっ」
現実ではありえない髪色に思わず驚きの声を上げてしまう。
その声は自分で言うのもなんだが響きの心地よい、紛れもなく女声であった。
謎が謎を呼び、そして残るのは謎である。
なぜ記憶が無いのか、そしてなぜ恐らく男性から女性になっているのか、そもそもここはどこなのか。
状況的に見れば、異世界転移……いや、体が女性になっているのだから異世界転生だろうか。そんな物語を読んだことがあるように思う。
忘れている範囲は、自分のことだけ……記憶喪失の一種で確かそういうものがあった気もする。知識の類を覚えているのはとても助かる。
いつまでも悩んでいたところで状況は改善されないので、とりあえずサバイバルである。
持ち物は衣服と乾いた血の付いたナイフ。それに金属でできた大きな首輪。
状況から見て、この体の持ち主はどこかへ連れていかれる最中にナイフを奪って脱走でもしたのだろうか。
まぁいい。とりあえず優先されるのは拠点づくりだ。日が昇っていて薄着でも少し暑いくらいの気温ということを考えると夜になっても凍える心配はなさそうだが、日本の気候を基準しては死にかねない。砂漠のように昼は灼熱、夜は極寒のような可能性もなくは無いのだ。陽が沈むまでに暖をとれる環境は整えておきたい。
それも、追われている可能性を考えると、できれば遠くに。
金属の首輪がかなり重そうだと思ったが、移動を始めるとその考えは杞憂だったことを思い知る。
この体はかなりの怪力だったのだ。細い体のどこにそんな力があるのかと不思議に思うが、おそらくここは異世界なのだ。
無意識だが魔力で強化しているとかそんなものだろうと自分を納得させる。もしくは金属に見えるこの首輪がハリボテかだが……うん、普通に硬い。
たぶん、魔力による強化だ。魔力なんてものを感じ取れているわけではないので確証と呼べるほどではないが、今はそういうことにしておこう。
移動をしながら仮説を検証してみることにする。無意識に魔力で強化をできるということは、魔術に秀でている可能性が高いのだから、強化以外にも何かできないか。というものだ。
歩きながら数時間試してわかったのは、使えるのは小さな火を出す魔術、これまた少量の水を出す魔術、少しの土を操作し形状を変化させる魔術だった。
魔術を出すのに既定の文言が詠唱として必要だったら困ったところだったが、必要なのは、【火よ
考えられるのは才能や習熟度が不足しているといった感じだろうが、火が熾せるだけで満足するべきだと思いなおす。火の確保というのはサバイバルにおいてとても大事だからだ。慣れていないと火熾しだけで一日が終わったうえ、手のひらが傷だらけになってもおかしくないのだ、本当にありがたい。
水の魔術によって飲み水は確保でき、土の魔術によって住居は確保できそうである。身を守ることに使えなさそうなことに目を瞑れば至れり尽くせりといって良い。
そういえば、水を手のひらに出したときに反射して自分の顔を見て気づいたのだけれど、かなり美人のエルフだった。いいね。当分寿命の心配はいらなさそうだ。
そんなことをしながら数時間歩いてたどり着いたのは川から少し離れた場所にある岩が多く集まった地帯。土を操作して土壁を作った後に石で補強することによって獣から身を守れると便利だと考え、材料の石が多い場所を選んだ。
しかしここで問題が起きる。
家にするためにちょうどいい広さのスペースが無いのである。
サバイバル初日なのだから何を欲深いことをと自分でも思うが、魔術という現代にない便利機能を手に入れたのだから、はじめから小規模な拠点を作ってあとで作り直すよりは、ある程度の規模のものを作ってしまうのが人間だろう。きっとそうに違いない。
そう考えた僕は、ある知識を思い出す。確かあれは、動画か何かで木を燃やしで伐採する方法を見た気がする。木の上部に泥を塗って、根本だけを燃やして木を倒す方法だ。
ものは試しだと邪魔な木に泥を塗りたくり、生木でも燃えやすいように表面をナイフで削って火をつける。これで生木だから燃えるのに時間はかかるだろうが、下部が燃えて倒れる、はずである。
結論から言おう。
木を一本伐採するつもりが森が燃えました。はい。
炎が根本まで達した挙句、地下で別の木の根まで延焼、地面から上がる煙に気づいたころには僕が出せる水量程度では鎮火ができなくなっていました。
人間の欲とは怖いものだ。自分が少し楽をするために、半端な知識で森を焼き多くの命を奪う。なんと愚かな生き物だろうか。
そんなことを火から逃げるために川に浸かりながら考える。火に炙られた皮膚が水流で冷やされて気持ちいい。
なんとなく、これからも生きていける気がした。
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