第5話 妖魔襲来

イムツ社の入口に魔獣を引き連れた妖魔が立つ。

その左手には人間の首が数個ぶら下がっている。


社の勇士達が刀や槍を持って妖魔と対峙している。

その中には頭目のペナクもいた。


地面には、社の者が倒れている。それを魔獣が食い散らかしている。

妖魔は特に気にする様子もなく、社を眺め回している。


「貴様、クアール社を襲った妖魔だな?」

「…。」

「イムツ社に手を出したらどうなるか、分からせてやる!」


ペナクは威勢よく言ったが、実は内心焦っていた。

子供の頃より、パリ様に妖魔の話は聞いていた。


人型、動物型、それ以外の異形のもの、様々な魔族がいる。どの魔族も知能が高く、人間の裏をかき、その強大な力で人間の首を造作もなく刈り取る。勇士20人で魔族1体を倒せるかどうかという。


その中でも、人型は特に力が強く、更に様々な精霊を力づくで使役しているという話だ。

目の前の妖魔はまさに人型で、更に禍々しい気配を纏っている。あの手に持っている人間の首…。イムツ社の勇士で間違いないだろう。ムバイでないことを祈るのみ。


いや、ムバイの心配をしている場合ではない。この妖魔一体でイムツ社1800人が皆殺しになる可能性だってある。それだけ目の前の敵はただならぬ存在に見える。

その姿の輪郭がゆがむほどに。


「…?」


妖魔は回りを見渡し、何かを探しているようだ。

だが、目当てのものが見つからないのか、手に持った人間の頭を無造作に地面に投げ捨て、その場に座り込む。


「な…!?」


まるで我々では話にならないといった体だ。投げ捨てられた人間の頭を見ると、イムツ社の勇士たちで間違いなかった。トゥアリやクアールに遣わせた者達だ。ムバイの首はなかった。


「…。」


魔獣がその場に伏せる。何かを待っているようだ。だがこのままにしてはおけない。急いでパリ様に知らせなければ…。


ペナクは社の外側で構えていた勇士の一人に目配せると、勇士はすぐに理解し、森の方に走る。妖魔はそれを興味なさそうに眺め、勇士を追おうとした魔獣に拾った小石つぶて、その場で射殺した。


「…!?」


息を飲む社の者達。いとも簡単に…。なるほど。パリ様が言ってた妖魔と魔獣は主従関係であり、仲間ではないという予測が当たっていることが実証された。これも対アルガガイの重要な要素になるかもしれない。必ずパリ様に伝えなければ。


既に女子供は集会所に集め、入口を勇士数名に守らせている。あそこが最後の防衛線になるだろう。


「…人間よ。」


「…!?」


「暇だ。踊って見せろ。」


妖魔は地面に座ったまま口を開け、ツァイ語を話した。それに多くの者が驚く。妖魔が人語を話すという話は各社の頭目しか知らない情報だ。驚くのも無理はない。


しかしペナクは妖魔がツァイ語を話したことに驚いた。アディダン九族はそれぞれ独自の言語体系がある。ここがツァイ族の社だと理解して、ツァイ語を話したのか?まさか…全族の言葉ができるのか?


「…?どうした?」


さも不思議そうに武器を構えている我々を見渡し、首をひねる妖魔。


「客である。踊りぐらいは踊って見せぬか。」

「…。」

何を言い出すのか、この妖魔は。言葉を話せるのは聞いていたが



「クアール社では、皆踊って見せたぞ。社の勇士を守るために総出でな。」

「だから私は寛大にも、踊った者どもを赦した。」

「…。」


赦した…?殺したの間違いだろう…?クアール社がどうなったか連絡係が戻ってこなかったので詳しくは分からなかったが…。おそらく全滅した可能性がある。800人の社だが…。


ペナクは回りを見渡す。この状況でパリ様が駆けつけてもおそらく目の力をすぐに使えないだろう。視線に入った生命、社の者、魔獣、妖魔問わず天罰を下すのだからな。こんなに社の者が密集していては力を発揮できない。先手を打たねば。


「ドラク、アミン。そちらの勇士を連れて、集会所の守りに回れ。ゆっくり歩けよ…。」


「「……!…はっ…」」


「ラド。魔獣を裏から包囲しろ。今なら奴らは動かん。」


正直自信はなかったが、そのほうがパリ様が動きやすかろう。


ペナクと数名の勇士だけが妖魔と正面から相対し、残りの者を妖魔と魔獣の裏の方に配置し、少し離れている集会所に行かせた。これでパリ様が来ても動きやすくなるだろう。


さて…。


抜いた刀を持つ手が震える。目の前の禍々しい存在が恐ろしい。

だが…。アルガガイはこれより恐ろしいのだろう。ここで怖気ついてしまってはならん。

パリ様、社のみんな、ルク…。カイエン先生が別の社の様子を見に行っているのと、ルクやエンヤ、バラン達がここにいなかったのも幸いした。


ルクは守らねばならぬ。そのためには何をすべきか。ペナクは考えを巡らせる。


「なにを企んでいるかわからんが…。私はイムツ社の巫女の首をもらいに来た。」


「…!?」


巫女…?まさかパリ様のことか?


「我が朋友の話を聞くに以前の大戦にてあのお方に仇名す不届き極まりない巫女がこの社に匿われていると聞く。」


妖魔は周りを見渡す。


「暇だし、貴様らも踊らぬ。ならば、社の者の首を順番に切り落とせば、巫女もここに現れるかな。」


……


集会所に集められた女子供達は突然社に現れた異形の者がツァイ語を話し、今、自分達を一人ずつ殺そうとしていることを聞いて震えあがっていた。


地面に座って悠々と社を眺め、わざと聞こえるように言っているのだろうか。ペナクとの会話は集会所にまで届いていた。


ペナクは刀を妖魔に向けたまま、何かを言いながらジリジリと近づいていっている。


社の巫女であり治癒者であるササリは妖魔に現れたその瞬間を偶然目撃した。何か人影のようなものが突然社の入り口に現れたと思ったら、回りの者達がその場に倒れ、血の海が広がった。


あんな恐ろしい生き物がいてたまるか。同じ生命を持つ者とは到底思えなかった。

あれが頭目やカイエン殿が言ってた妖魔だと、ササリはすぐに理解した。


カイエン殿かパリ様でなければ止められない。だが、二人ともこの場にいない。


妖魔の口ぶりからクアール社では大層ひどいことをしたのだろう。しかも人を殺めることに何も感じていないのが伺える。ここでも多くの人が犠牲になる。


なにかしなければならない。さっき頭目が勇士をパリ様に所に向かわせた。パリ様が社に着くまでの時間を稼がねばならぬ。そしてその務めは自分にしか務まらん。


「ササリ様…なりませぬ。」


仲良くしてくれている社の女達がササリのただならぬ覚悟を決めた顔に何かを感じ取ったのだろう。本当にお前たちは勘が良いな。


「私の術は教えた。お前たちもやり方は覚えたであろう?」

「そういう意味では…!」

「しっ…。静かにおし。クソガキと皆が頑張っておるのだ。」


ササリは頭目帽をかぶって妖魔に精一杯の威嚇をしている頭目を見る。


「あのガキ…パリ様に良いところ見せようとしおって。」

「ササリ様!」

「大丈夫だ。パリ様が来てくれるその時まで、皆辛抱するのだぞ…。」

ササリはゆっくりと立ち上がると、着衣を整え、首から下げた丸い貝殻の装飾品を直した。


「大丈夫。すぐ良くなる。」



妖魔が訳の分からぬことをいうのに呼応しながら、少しずつ合間を詰めていたペナクだが、突然後ろから足音が聞こえてきたので驚いて振り向いた。パリ様なら森の方、妖魔の後ろの方から来るはずだ。今聞こえているこの足音…。まさか…!


「ササリ!何をしている!」


「そちらの御仁はイムツ社の巫女をお探しだそうだな。」


ひょうひょうとペナクに話掛けるササリ。その顔はペナクが良く知っている、隣の爺さんの様子を見に行くときのササリだ。ペナクは悟った。ササリは死ぬつもりだ。そしてそれだけはさせぬと奥歯を強く噛む。


「ほう…自分から来るとはな。」


その瞬間、妖魔が動く。そしてササリの両目を《奪った》。


ササリは痛みに耐えられずその場に伏す。ペナクがすぐにササリの元に駆け寄る。


「ササリ!何が…あ!!目が!」


ペナクは憎悪の目を妖魔に向ける。


「貴様ぁ!!ササリの目をえぐり取ったな!?」


妖魔はその抉り取った目を右手でつまみ上げ、興味深く眺めている。


「イムツ社の巫女はその眼に邪な力を宿しているというが…。何も感じぬな。」


適当に目を放り出すと、ササリとペナクに向き直った。


「人間、お前は私の探している巫女ではないな?」


痛みをこらえながら、ササリはえぐり取られた目の痛みより、一撃で命を奪われなかったことを好意的に捉えていた。これでパリ様が社に来るまでの時間が稼げると。

自分の身を心配し、慌てているペナクの肩を手探りでさわり、ポンポンと叩く。

触ってみて分かったが、あのクソガキがこんなにも大きくなるとはな。


ササリは懐に仕舞っていた薬をなんとか飲みこむと、妖魔の方を向いた。


「あたしがイムツ社の巫女のササリである。我が社に何用かな?妖魔殿」

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