年末年始に太ってしまった地下アイドルは、へそ出し衣装でのライブをなんとか乗り切りたい
青キング(Aoking)
年末年始に太ってしまった地下アイドルは、へそ出し衣装でのライブをなんとか乗り切りたい 前篇
某所の地下ライブハウスでソロアイドルの年始ライブが開かれようとしていた。
アイドルの名前は瑞希ゆいね。明るい茶髪と愛らしくも輝くような笑顔を売りにアイドル活動を始め、まだ半年しか経っていない。それでも近頃は両手では数えきれないぐらいの人数がライブハウスに訪れるようになっていた。
十二月中旬からライブハウスを他の団体や音楽グループが借りたため、ゆいねのライブは一か月ぶりぐらいになり、せっかくだからと新衣装での年始ライブと銘打ったのだが……
ゆいねは衣装室でプリーツスカートの締まらないウエスト部分を見下ろして絶句していた。
え、待って。衣装ってこんなに細かったっけ?
目に見えている信じがたい現実が、ゆいねに今日までの一か月間を遡らせる。
前回のライブの後ライブハウスの予定が埋まっており、マネージャーの早紀さんにデザイン受注を頼んでた新しい衣装を試着だけして、暇だったから実家で年末年始過ごして、その後――
遡りながらゆいねは、体型の変化を自覚できるタイミングがあったことに気付いてしまった。
実家から戻ってきた日に念のために衣装の試着を促されたが、大丈夫だと安易に返事をして試着しなかったのだ。
あの時に試着していれば、こんな事態には……
自分の精神的なだらしなさに慨嘆して、前回のライブよりもだらしなくなった身体が憎らしかった。
スカート締まらない、ごめん。ってステージで笑って済む問題じゃないよ。来てくれたファンに失礼だよ。
せっかく増え始めたファンに見放されるわけにもいかず、ゆいねの頭にライブを中止にする考えは湧かなかった。
なんとか衣装着こなして、ファンの応援に応えないと。
衣装の生地が伸びるのも承知で、ウエストの隙間を閉じようと歯を食いしばって両端を引っ張る。
だが衣装は伸びやすい生地ではなく、とてもじゃないが締まりそうにはない。
どうしよう、履けない、どうしよう……
新衣装と銘打ってしまった以上衣装を変更するわけにもいかず、それに他の衣装だとしてウエストが閉まる保証はない。
わたしってホントにバカ。なんで大丈夫なんて思ったんだろ。
タイムスリップして年末年始のお気楽な自分を叱りに行きたいが、過去を嘆いても仕方がない。
考えを巡らせ、急いでウエストを細くする方法をスマホで検索する。
スマホで検索を始めた時、衣装室のドアがノックされ瑞希さんと呼ぶ声が聞こえてくる。
「マネージャーの早紀です。ライブ五分前ですよ。着替え終わりました?」
「……あ、え、あとちょっとだけ待って。え、エゴサしてた」
動揺で表情が引きつりそうになりながら返事をする。
そうですか、と疑う様子もない早紀の声がして、足音が衣装室の前から遠ざかっていく。
マネージャーの気配がなくなり、ゆいねは慌てて検索を再開する。
数か月掛けてウエストを細くするダイエットの内容が視界の中に流れていくが、その中で一つ時間を要しない方法を見つけた。
ダイエットではなく質問掲示板の一文だったが、ゆいねは縋ることにする。
お腹を凹ませる。元風俗嬢を名乗るこの人が答えてる。
刻々と迫るライブ時間を気にしながらお腹に力を入れて凹ませると、隙間が出来ていたスカートのウエストが届いた。
よし、これでなんとか。
「ふぅ、んっー」
呼吸を乱してお腹を凹ませたまま、姿見の前に立ち全身像を眺める。
クロップド丈の下からくびれが覗き、スカートに贅肉が乗っかってもいない。
呼吸しづらいけど、苦しいのさえ我慢できれば、どうにかなりそう。
ゆいねは試着を勧められた時と同じく大丈夫だと信じることにして、衣装室からライブステージへと向かった。
だが彼女は現実を甘くみていた。アイドルとは歌って踊るものである。短時間だけ誤魔化せれば「大丈夫」ではないのである。
ステージ脇で待機していた女性マネージャーの早紀は、ショートカットの黒髪の下に掛けた眼鏡越しに衣装室から出てきたゆいねを偏執的に観察した。
太ったのがバレてないと思ってるのかしら?
ライブ会場に到着したゆいねを見た瞬間に早紀は気が付いていた。
アイドルらしからぬオタク女子みたいな着古した青ジャージの恰好でわかりづらかったが、普段からゆいねの青ジャージ姿を知っている早紀には、ゆいねの胴回りが若干太くなっているのは火を見るより明らかだった。
万一のためにウエストをゴムで作った衣装も用意しておいたけど、ゆいねから白状するまでは教えなくていいはず。
自分の判断には何一つ間違いがない、ということにしておき、前回のライブよりも硬い表情でステージ袖から客席を覗くゆいねのお腹部分を見る。
頑張って凹ませてて健気ね。でもいつまで維持できるのかしら?
マネージャーの私の前でぐらい緩めてもいいのに。
「早紀さん、んっう、なに?」
視線が気になったのか、ゆいねが不安そうに窺ってくる。
早紀はマネージャーとしてではなくファン一号として、必死になっているゆいねを見続けるために真顔を返す。
「新しい衣装だったので改めて着心地はどうかな、と」
「バッチリ、っふふ」
ゆいねが笑顔で答えながらも苦しそうな息遣いをする。
早紀にとって眼福の光景だった。
「なら良かった。新年一発目のライブです、これまで以上にファンを楽しませてあげてください」
わたしはもう楽しんでるけど、まだまだ楽しませてもらうわ。
早紀の内心など露知らぬゆいねが、苦しさの中で努めて作ったような笑顔を浮かべる。
「オッケー、っ、行ってくるね」
「はい」
早紀が頷き返すと、ゆいねが通常よりもぎこちなさが混ざった足取りでステージへ歩いていった。
今にもスカートからお腹が飛び出しそうなゆいねの姿、特等席でたっぷり観賞させてもらうわ。
見た目には無表情だが、胸の内では鼻息を荒くする早紀だった。
_____________________________________
同日の夜に後篇を投稿します。
コメントや評価は遠慮なくお送りください。ニヤニヤシチュを書く意欲が溢れかえります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます