君に寄す独白

深水彗蓮

おはよう。行ってらっしゃい。そして、さようなら。

 初めましては、君が九歳の時。

 小学四年生になった頃だったね。君は四月が誕生日だから、君は学校から五日目には十歳で、まだクラスに馴染めていなかった君は、新しいお友達にはプレゼントを貰えなかったんだった。


 春の遠足の日、お弁当を忘れて、お母さんが途中で追いついて助かったんだってね。恥ずかしかったと君は言っていたけど、私はそんなお母さんは素敵だと思うな。

 授業参観の日は、張り切ってお父さんが来て、君は照れちゃってお父さんのぽん

ぽこりんなお腹を叩いたんだっけ。うーん、ちょっと酷いよ、これは。

 君は泳ぐのが大好きで、プール開きの日はいつも教えてくれたね。夏休みも良くプールに行っていた。君は運動会に水泳の種目がないのを不満がっていたね。柔軟が大好きな子が同じようなことを言っていて、君は親近感を感じた……。


 君は夏休みの宿題は最終週に慌ててやるタイプだったけど、六年生の時、頭の良い子が友達になってから、どちらの方が早く夏休みの宿題を片付けられるか勝負してたね。自由研究を丁寧にやったその友達が負けてたけど。君は書き初めは嫌いだったね。いつも文句を言いながらやっていたよね。でも、きちんとやっていて偉いと私は思うよ。真面目なのはとっても良いことだ。私なら絶対やらない。


 真面目と言えば、中学校の定期テスト! いっつも九十点台をキープするなんて凄い! 私は感心したよ。でも、私への報告が忘れられることが増えて、少し悲しかったな。

 でも仕方ない。君は受験生。

 君は受験生になった。最初はぜんっぜん身が入らなくて、君自身も内心は焦っていたよね。腹痛にも悩まされて、朝起きれないことが増えて……。でも、頑張ったね。前の席の子がすっごく(好きな教科だけだったけど)勉強を頑張っていて、君も頑張り始めた。苦手だった歴史を必死で覚え、忘れ去っていた面積体積の公式を覚え、英単語は毎日念仏のように唱えていたね。でも、数学がやっぱりちょっと苦手で、平方根とか、座標問題で時々ミスをしていたね。それでも凄いと思うよ。第一志望にも行けたし。


 高校は怒涛のように終えていたね。彼氏が三人できて、一人とは大学まで続いたけど、遠距離になって自然消滅しちゃったよね。まあ、仕方ないよ。その程度の男だったってことさ。


 君は、そこそこ良い大学に入って、文学を学び始めた。私には全然良さが分からないんだけど。太宰治が奥さんがいるのに愛人と入水自殺したのは怒りを通り越して呆れるし、中原中也の、ボタンの詩は哀愁でいっぱいだけど、本人の感性に追いつけないし。宮沢賢治には是非、クラムボンってなんだよ‼︎ って聞きたい。意味が分かるように書いてこそじゃないの? って感じ。でもカニの親子は可愛い。まあ、君が好きならきっと分かる人にはきっと楽しいんだね。


 ……さて、君は今日から社会人だね。……スーツは慣れないのかな。背筋がいつもより伸びてるよ? 不安なの? でも、君ならきっと大丈夫。入りたかった出版社に入社できたんでしょ? 凄いじゃん。

 ……吾輩は十年日記。名前は幸いにしてある。吾輩の名は、キティ。

 君愛用の万年筆が教えてくれたんだ。私の名前は、ホロコーストの犠牲者、ユダヤ系ドイツ人の少女、アンネフランクが書いた、日記の名前なんだってね。……彼女は十五歳で亡くなった。日記なんかに名前をつけてしまうような幼い《いとけない》少女。

 彼女曰く、紙は人間より辛抱強いらしい。苦しい感情も、言葉にして紙に書いてみると、外に放つ通路ができるんだって。どんなことがあっても、人は本当に素晴らしいものを持っているんだって。彼女は日記に、『あなたになら、これまで誰にも打ち明けられなかったことを何もかもお話しできそうです。どうか私のために大きな心の支えと慰めになってくださいね』と願ったんだって。


 大学の授業でそれを聞いて、君は泣いたそうじゃないか。万年筆は新入りだから、どうして泣いたんだろう、と狼狽えて聞いてきた。『僕の書きごこちが気に食わなかったのかな』と。『あの子(君のことだよ)がそんなに愛用しているんだから、そんな心配はないさ。彼女もアンネと同じように日記をつけているから、きっと共感したんだよ』と伝えておいたよ。


 私はもうすぐ書けるページがなくなる。君は私を十年間使い続けてくれた、その証左だ。私は、君の心の拠り所になれたかな。私の先輩で、名前の由来の『キティ』に、認めてもらえるような名日記だったかな?

 新入りに色々伝えておくよ。あの子も、きちんと最後まで使ってあげるんだよ?

 ……もう時間だね。行ってらっしゃい。

 じゃあまた、君が独白を記した、君の十年日記、キティより。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君に寄す独白 深水彗蓮 @fukaminoneco

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ