第2話 キュウセイシュさま
「ぶほぁ……!? な、なんだこれ!? どこ、ここ!?」
気付けば水中にいた。
息を吸いたくて水面までもがいて浮上すると、目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。いつのまにか湖に落ちていたようだ。いや、わけわからんだろ。
「あー!?」
少女の驚く声。
そっちに目をやると、額に二本の角を生やした少女が池のほとりから俺を指さしていた。
野生のコスプレイヤーかと思ったが、あの角は本当に額から生えているようだ。……ますますどういうことだよ?
「ホ、ホントにあらわれた! 言い伝えは本当だったんだ!」
見た目は思春期の少女くらいだが……おそらく『オーガ』、とかいうので合っているのか?
だが、そんな人種は日本じゃあマンガかパチンコの演出の中でしか俺は見たことがないが……ということは、だ……。
「……異世界転生……いや、異世界転移したのか?」
――異世界転移。
それ以外の理由も考えてみたが、説明のつく答えがそれくらいしか浮かばなかった。
とりあえず湖から出ると、オーガの女の子が駆け寄ってくる。
「キュウセイシュさま! まっていました! 私、オーガ族のキリアと申します!」
「なに、救世主? 俺が? こんなビショビショで情けない姿なのに?」
「はい!」
元気な少女だ。
だが生憎、こっちは元気も現金もねえ。
ついさっきまでパチンコで負けて、挙げ句に湖にハマっていた男が救世主なわけがない。せめてケンシロウみたいな奴ならともかく、だ。……あいつもよく負けるけど。
何はともあれ、自己紹介を返さないほど落ちぶれちゃいない。
「俺はサイキだ。サイキタクミ。先に訂正しておくが、救世主なんかじゃない。しいて言うならギャンブル依存症だ」
「ギャン……? イソン……? とにかく! アナタはキュウセイシュさまです!」
「違う、違う。たまたま異世界から飛ばされただけの人間だから。あー冷たっ」
「やっぱりそうだ! この湖に金貨を投げて祈れば、異世界のキュウセイシュさまがあらわれるという言い伝えがあるんです! そしてアナタがこの湖からあらわれたんですよ! マチガイありません!」
「湖に金貨を投げて祈ったのか?」
「はい!」
「じゃあおまえのせいか。俺がここにきたのは。帰らせてくれ」
「いや、あの…………帰らせ方は、ちょっと知らない……」
俺は、湖に飛び込んだ。
…………。
………………。
……………………。
「ぷはっ!? ゴフッ!? ゴハッ!? 異世界なんて興味ないぃいいいい!! 帰ってギャンブルがしたいいいい!!」
「キュ、キュウセイシュさま!? あ、あと、さっきから……ギャンブルってなんですか?」
「この異世界ギャンブルねえのかよぉおおー!? チキショー!! 帰らせてくれぇえええ!!」
「なにをしているんですか! あーもう! ……えい!」
可愛い掛け声で大木を引っこ抜いた少女。その光景に、スッと冷静になる俺。
「……それ、どうすんの?」
「湖から出てきてくれないなら頭にポカンといきますよ!」
ポックリの間違いだろ……。
「わかった、わかった。出るから」
やっぱりオーガの種族って思った通りに戦闘狂なのだろうか……。あまり関わりたくねえ。
仕方なく湖から出ると、すぐさまその子に担ぎ上げられた。
「うおっ!? ちょっと……え? そんな軽々と?」
「さあ、いきますね!」
「いやどこに……うおお!?」
まだこの世界の右も左もわからないのに、俺は出会ったばかりのオーガの女の子に担ぎ上げられ、森の中を駆け抜けている。
これが異世界ライフ、今のところ濃厚だ。
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