借金持ちの俺、スキル『飼育』を使ってゴブリン牧場でコツコツ稼ぎます

といとい

第1話: ブラック企業を辞めた俺は、ダンジョンに挑むことにした

俺は、今日も限界だった。


デスクに座った瞬間、嫌な足音が近づいてくる。

ドスッ、ドスッ、という重たい足音。

それだけで、誰だか分かった。


「おい佐藤、例の案件、今日中になんとかしろよ」


現れたのは、課長・田所。

油ぎった顔に薄くなった髪、無駄にでかい腹を突き出して、偉そうに俺を見下ろしてくる。


(またかよ……)


心の中でため息をつきながら、俺は口を動かす。


「……今日中は、厳しいと思います」


「は? できねぇ理由を考える暇があったら、手動かせっつってんだろうが」


ドン、と机を叩かれる。

周囲の社員たちは見て見ぬふり。

この会社では、上司が怒鳴り散らすのも、机を叩くのも、日常茶飯事だった。


胃がキリキリと痛む。

頭も、ぼんやりする。

肩にずっしりと、何か重たいものがのしかかっている感覚。


(ああ、俺、今日もまた死んでいくんだな)


そんなことを考えながら、

俺は、今日もパソコンに向かってキーボードを叩き始めた。


---


家に帰った俺は、

ボロいワンルームの布団に倒れ込んだ。


天井のシミをぼんやり眺めながら、

ポケットからスマホを取り出す。


(……なんか、現実逃避でもするか)


適当にアプリを開いて、目についた『ダンジョンユーブ』をタップする。


トップページに、やたらと目立つサムネイルが躍っていた。


【年収1億突破!伝説のdTuber、ダンマスチャンネル!】


「……は?」


思わず声に出た。


何も考えずに、その動画をタップする。


画面の中、派手なスーツを着た若い男が、

高級車の前で満面の笑みを浮かべていた。


「皆さんこんにちは~!ダンマスです!

今年、ついに年収一億円いきました~!全部、ダンジョン攻略だけで!」


(はぁ~~~~……)


俺は、心の中でため息をつく。


バカみたいに元気な声。

妙に派手な身振り。

背景には、ダンマスと一緒に写真を撮ろうと集まるファンらしき人たちが映り込んでいた。


さらに、画面下に流れるコメント欄。


「マジでこの人レジェンドwww」

「億り人きたああああ!!」

「俺もダンジョン登録しようかな」

「親に内緒でダンジョン潜ってみたw」

「才能ゲーだよなあ」

「普通に羨ましい」

「今年中にダンマス超える(無理)」


次から次へと、

キラキラしたコメントが流れていく。


(……バカだな、ほんと)


画面を見ながら、俺は鼻で笑った。


──けど、心のどこかで、

ちくりとしたものが刺さったのも確かだった。


(普通に転職するって手もあるけど……)


(せっかくだし、一回くらいチャレンジしてみてもいいかもな)


だって、俺には、

もう守るものなんてない。


失敗しても、誰に迷惑がかかるわけじゃない。


──だったら、行ってみるのも、悪くないかもしれない。


---


次の日。


俺は、重い身体を引きずりながら出社した。


デスクに座るなり、あの足音が近づいてきた。


ドスッ、ドスッ。


「おい佐藤、例の仕様書、今日中になんとかしろよ」


課長・田所。


俺は一瞬だけ迷った。


──けど、すぐに決めた。


「……今日中は無理です」


「はァ?」


「ていうか、今日で辞めます」


オフィスの空気が、凍りついた。


周りの社員たちが、

カタカタカタ……とキーボードを打つ手を止める音が聞こえた気がした。


田所課長の顔が、みるみる真っ赤になる。


「ふざけんなぁっ!!

 人手が足りねぇのわかってんだろ!!」


「知りません。俺の人生なんで」


「バカかお前は! 社会舐めてんのか!?

 逃げることしかできねぇクズが!」


課長は机をドン、と叩いた。


怒鳴り声がフロア中に響く。


でも、誰も止めない。

誰も助けない。


みんな、モニターに視線を落としたまま、見て見ぬふりをしている。


(……ああ、これがこの会社か)


俺は静かに、自分のバッグを肩にかけた。


「じゃ、お疲れさまでした」


小さな声で、

だけど確かに言い残して、俺は踵を返した。


後ろで、田所が何か怒鳴っていたけれど、

もう俺には何一つ届かなかった。


ビルの外に出ると、

肌を撫でる風が、妙に冷たく、心地よかった。


(ああ、自由だ……)


ポケットからスマホを取り出すと、

着信履歴が鬼のように溜まっていた。


(……うるせぇな)


俺はそれを全部無視して、

静かに『退職代行』と検索した。


(あとは業者さんに任せよ)


軽くため息をついて、スマホをポケットに突っ込む。


---


家に帰った俺は、

ぐしゃっと布団に倒れ込んだ。


天井のシミを見上げながら、

しばらく、何も考えずに呼吸だけをしていた。


(……終わった)


俺は、重たい身体を起こして、

冷蔵庫を開けた。


中には、昨日コンビニで買ったビールが一本だけ入っている。


プシュッ。


缶を開ける音が、

アパートの静けさにやたら大きく響いた。


ごくごくと、一気に流し込む。


冷たさが喉を駆け抜け、

胃の奥にまで沁み渡った。


(──うめぇ……)


今まで生きてきた中で、

一番うまいビールだった。


心の奥に張り付いていた、

黒いもやが、少しだけ晴れた気がした。


ダンジョンユーブのアプリを、もう一度開く。


トップページでは、

今日もdTuberたちが、キラキラした笑顔で戦っていた。


(俺も……ワンチャンくらい、狙ってみるか)


俺は、缶をもう一度傾けた。


そして、

ぽつりと呟いた。


「──さて。次は、ダンジョンだな」

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