第17話 必死の覚悟

鉄骨の軋む音と爆ぜる火花、足元には焦げた金属と溶けかけたプラスチックが散らばっていた。


尾崎大輔は、ひとつひとつ確認するように、炎の中を進んでいく。

耐熱マスクの奥で、呼吸は重くなり、肺に焼けた空気が入り込んでくる。

だがそれでも──


彼はそこにいた。


「……君はやっぱり、来ると思っていたよ」


黒いコートの裾を焦がしながら、宮島尚志が姿を現した。

手には黒い耐火ケース。腰には本職用の軍用ナイフ。

顔には、あのときと同じ──あの、石岡の死を知った日と変わらぬ、冷たい笑み。


「終わりだ、宮島」


尾崎の声は掠れていたが、意志は強かった。


「お前の罪はもう隠しきれない。証拠も……全部、ここにある」


「証拠?ああ、君が探していた“正義のかけら”か」


宮島はケースを開けて見せる。

中には、ペン型カメラと一枚の写真が収められていた。


「これが欲しいなら──取ってみろ。君の“覚悟”が本物ならな」


次の瞬間、宮島がナイフを抜いた。

刃が鈍い光を放つ。


尾崎も、ジャケットの内ポケットから警棒を引き抜く。

本来は制圧用のもの。だが、ここでは命を守る唯一の武器だった。


──火花が飛ぶ。


宮島が先に踏み込んだ。

刃が横から振るわれ、尾崎はぎりぎりのところでそれを警棒で受け流す。


鋭い金属音。

振動が骨に響く。


「昔から、そうだったな。お前は……何も疑わずに信じた。組織を、公安を、俺を……そして石岡を」


「信じたからこそ、分かったんだ……お前が裏切ったってな!」


尾崎が踏み込む。

警棒が下段から振り上げられ、宮島の腹部を打つ。


「ぐっ……!」


よろめいた宮島に、尾崎は追撃を入れようとした──

だが、一瞬の隙を突かれ、ナイフが振り下ろされる。


間一髪で避ける。

左肩に浅い切り傷。

すぐに血がにじんだが、構わず攻める。


「俺たちは“正義”のために刑事にになったんじゃなかったのか……!」


「正義?そんな幻想で、世界は変えられんよ。俺は現実を見ていた。

 国家のために、必要な嘘をついてきた──あの日も!」


「ならば、石岡旋を殺す必要はなかった!」


「……奴は、真実を知りすぎた」


瞬間、宮島の蹴りが尾崎の腹をとらえる。

弾き飛ばされ、尾崎は背中から床に倒れる。


火が、すぐそこまで迫っている。


「証拠も全部処分してやる……君もな」


宮島がナイフを振りかざす。

だが──その刹那、尾崎は懐から発煙スプレーを投げつけた。


バシュッという音とともに、白煙が舞い上がり、視界を奪う。


「くっ……!」


宮島が目を押さえた隙に、尾崎は立ち上がり、渾身の力で警棒を振るう。


「──っらああぁぁぁぁぁっ!」


重い一撃が宮島の頬をとらえる。

そのまま彼は倉庫の一角に吹き飛ばされ、コンクリートの壁に激突。


手からナイフがこぼれた。

尾崎はすぐにその上に足を乗せ、動けぬ宮島に詰め寄る。


「……終わりだ、宮島」


「……はぁ、はぁ……なぜだ……なぜお前は……まだ立ってる……」


「……仲間が、信じてくれてるからだ。俺が……信じた奴が、そこにいるからだよ……!」


尾崎が拳を振り上げたとき──


宮島が不意に、腰のベルトに手を伸ばす。


「──!?」


尾崎が気づいたときには遅かった。


隠し持っていた小型の折りたたみナイフ。

それが、腹部を斜めにえぐった。


「……ぐっ……!」


一瞬、全身から力が抜け、尾崎はその場に膝をついた。


「……ッ……てめぇ……」


血が口元からにじむ。

だが、彼の眼はまだ折れていなかった。


「まだだ……まだ……終わってねぇ……!」


倒れかけながらも、彼はペン型カメラと証拠の封筒を拾い上げ、耐火ケースに収める。


宮島は──傷を負いながらも、這うように非常口へ逃げていく。


「また会おう、尾崎。もし……生きていればな」


炎の向こうへ、宮島の影が消えていく。


尾崎は──燃え盛る炎の中で、その背中を見送りながら、血で濡れた床に片膝をついた。

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