第6話 推理

全員の視線が尾崎に集まる中、彼は机の端に静かに腰かけ、指を組んだまま、落ち着いた口調で語り始めた。


「詐欺に使われた三つの会社――“エスピラル・キャピタル”、“ミダス”、“HORIZON”。この三社は法人名義も、口座も、登記場所も違う。だが、資金移動の“タイミング”だけはぴたりと揃っていた」


「つまりこれらは“集金装置”だ。人によって見た目を変えた罠。顧客を安心させ、少額から出資させるための“別々の顔”を持つ、一つの蛇の頭だ」


尾崎の声は静かだが、言葉の一つ一つが鋭く響く。


「その資金は月末にまとめて、“セラフィム・マネジメント”へと流れる。そこが胴元――つまり、蛇の胴体ってわけだ。そいつの契約者、“三枝祐人”。5年前までただの破産者だった男が、突然リゾート地を転々とし、外車を乗り回してる。……詐欺師が成功した典型例だ」


佐々木が、無言でうなずく。


「そして、勧誘役の“鈴木涼”。偽名だが、かつて別の詐欺で名前が出ている。しかも、被害者7人全員がこの男と接触していた。つまり、現場の営業要員……蛇の牙ってところか」


尾崎は一度立ち上がると、ホワイトボードにマーカーで矢印を引き、三社→セラフィム→海外口座、と流れを書き込む。


「三社が餌をばらまき、セラフィムで吸い上げ、海外へ吐き出す。……完璧に“逃げ切るつもり”の動きだ。国内に資産を残さない。残るのは破綻した会社と、騙された顧客の怒りだけだ」


そこで、一ノ瀬がぽつりと漏らす。


「……で、三枝は今どこに?」


尾崎は口の端をわずかに上げた。


「今夜がラストチャンスだ。今月分の金が送られる。だが俺たちは全部の経路を掴んでいる。資金を動かすには“契約者本人の電子署名”が必要だ。三枝がアクセスしてくるなら、それは“サインする瞬間”だ」


水野が息を呑んだ。


「じゃあ、あとは――」


「――捕まえるだけだ」


その瞬間、森山がタブレットを掲げる。


「今、動きがあった! セラフィムの口座にログインが!えー、場所は……都内、港区のホテル!」


尾崎がすぐに立ち上がる。


「行くぞ。蛇の首を、今夜で斬る」


その言葉と共に、特別捜査班のメンバーたちは一斉に動き出した。






廊下の照明は静かに灯り、深夜の高層階に不気味な静寂が満ちていた。

尾崎は足音を殺しながら、スーツの内ポケットに手を入れ、無線のスイッチを指先で軽く押す。


「――尾崎、これより突入。後続、配置確認」


『森山、左翼確保。射線良好』

『佐々木、後方支援位置。視界クリア』

『水野、確認完了。突入準備OKです』

『一ノ瀬、監視カメラ異常なし。27階、出入りゼロ。対象一名、室内に滞在中』


「了解。行くぞ――」


尾崎はポケットから金属製のバッジケースを取り出し、ちらりと覗く警察手帳を確認。

それを懐にしまい、静かに前へ歩を進めた。


廊下の突き当たり、重厚な木製ドアの前で、森山が特殊ツールを手に頷く。


「電子ロック、解析開始。10秒くれ」


耳に伝わるわずかな機械音。佐々木と水野が背後を固め、尾崎はドアノブに手をかけたまま呼吸を整える。

ドアの奥――そこには、数億円規模の詐欺を主導した男がいる。


ピッ――


電子ロックが緑に光った。


「……今だ」


尾崎がドアを一気に開き、拳銃型スタンガンを構えながら叫んだ。


「警察だ!!三枝祐人、動くな!!」


豪華なシャンデリアの下、部屋の中央でノートパソコンに向かっていた男が跳ねるように立ち上がる。

ホテルのバスローブ姿、年齢は30代半ば。濃いヒゲ、だが表情は青ざめていた。


「な、なに……!?誰だお前ら……!」


森山が部屋の左手――キッチン周辺を制圧、佐々木と水野がすぐに後方から部屋を押さえた。


「対象のパソコン発見。アカウント、セラフィム口座接続中!」

「中継サーバ経由……IP履歴、証拠になります!」


一ノ瀬の声が無線に入る。


『よし、リアルタイムでログ残せ!尾崎、通信の証拠は抑えた!』


尾崎はゆっくりと三枝に近づき、落ち着いた声で言った。


「……“セラフィム”の名義、そしてこの部屋の通信記録。お前が振込先を操作していたのはもうわかってる。言い逃れはできないぞ」


三枝は顔をしかめて、一歩後ずさる。


「な、何の証拠があるってんだ……!俺はただの仲介人だ!」


「残念だったな」尾崎は静かに言う。「“仲介人”がここまで主導権握ってたデータ、全部ある。国内の口座だけでなく、シンガポール経由の洗浄ルート。足がついてる」


水野が背後から、手錠をかける。


「終わりだ、三枝。あんたが潰した家庭の数、あんた自身が一番分かってるはずだ」


「く、くそっ……!」


三枝は呻いたが、すでに暴れる気力もなかった。


尾崎は最後に、ホテルの夜景越しに見える東京の灯を、じっと見つめる。

まるでその中に、まだ見ぬ別の真実が潜んでいるように。






灰色の朝日がブラインドの隙間から差し込む。

会議室には、前夜の緊張感を引きずった空気がまだ残っていた。


ホワイトボードには「三枝祐人 逮捕」「資金洗浄ルート:東南アジア」「セラフィム投資」と太字で記されており、机上には押収物のコピー資料が並んでいる。


尾崎が椅子に深く座り直し、背筋を伸ばして言った。


「……まず、2週間ご苦労だった。詐欺グループの中枢、三枝祐人の身柄を確保。昨夜23時54分、ホテルのスイートルームにて。現場で押収した端末から、資金移動の証拠を確認した。容疑は立件できる」


森山が頷きながら資料を手元に。


「セラフィム名義の仮想投資会社。実体なし。だが、国内の被害者口座とのやり取り、全部ログが残ってた。三枝が使ってた端末には、暗号資産口座の履歴もバッチリある」


佐々木が続けた。


「口座の送金先はシンガポール。その先で数回にわたって分散されてるけど、ひとつ戻りの取引があった。詐欺の金が別の新規口座に再投入されてた。……自転車操業の痕跡、残ってます」


「“投資で戻る”って言い訳を成立させるために、一部だけ配当っぽく返してたんですね。典型的な手口だ」

一ノ瀬が頷く。


「これで、30件以上の詐欺が一本の線で繋がったわけだ」尾崎が低く言い、指先で資料をトントンと叩いた。


水野が緊張気味に口を開く。


「対象が“セラフィム”の名で行ってた説明会、全部調べました。代理人名義のイベント会社が使われてましたが……その代理人、過去に三枝と同じ会社に勤めてました。偽装っぽいですね」


「よくやったな、水野」

尾崎が小さく笑う。


「間違いない、三枝が主犯だ」


森山が腕を組み直して、少し目を細める。


「これで、公安が言ってた“外国勢力との接点”ってのも……単なる煙幕だったな。表だけ見てりゃ、確かに怪しくは見えたが」


尾崎は頷きながら、言葉を選んだ。


「……ああ。だが、今回は公安は関係なかった。俺たちの目で見て、手で掴んだ結果だ。堂々と胸張って報告できる」


佐々木が、疲れた顔で微笑みながら言う。


「で、尾崎さん。さっそく報告に行くんですか? 公安にも」


尾崎は静かに立ち上がった。そして、ポケットの中の“違和感”をもう一度確かめるように、指先を忍ばせる。


「……ああ。報告ついでに、ちょっと“気になること”があるんでね」


その瞳は、昨夜の成功の先――さらに深い闇を、静かに見据えていた。



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