気持ち悪い世界に生きている

名月 楓

人生

あなたの人生は何文字で表せますか?

「私は大したことない人生だったので百字で十分」

などという話ではありません。初めて物心ついた時。自分が持つ一番古い記憶。小さい頃の大切な思い出。他者との関わり方。日常生活から得たもの。果ては自分の思考、嗜好、それを形作った過去まで。ありとあらゆる『あなた』に関することを書き出した時、それは文庫本一冊ですら表せないものになるのではないでしょうか。

私はそれがとても気持ち悪いと思ってしまうのです。『あなた』には『あなた』という物語がある。そしてその物語は、私が断片的に見て、聞き及ぶものに過ぎない。全てを理解することなど到底できず、数人の人生だけでも私の脳が処理出来うる容量を超えてしまう。それがとてつもなく恐ろしいのです。


「一人の死は悲劇だが数百万人の死は統計上の数字でしかない」

という言葉があります。これはとても看過できない言葉だと思う人が多いでしょうが、この言葉は、人の限界を表しているとも言えるのではないでしょうか。

一人であればかろうじてその人生を考えられるが、数が大きくなると脳の限界を超えてしまい、途端に人を数としてしか認識できなくなる。それもまた、気持ち悪い。

私たちは人を真に等価に扱うことができないのです。


道を歩いている時にすれ違う人も、あなたの大切な人も、同じホモサピエンスであり、それぞれに膨大な背景があります。都市のビルで暮らす人も、農村の一軒家に住む人も、アパートで隣の部屋に住む人も、価値観は違えど、それぞれの主観("人生")を持っています。

嗚呼、気持ち悪い。

吐き気がするわけではないが、疲労感とめまいがする。受け入れ難い。だから人は人を数として認識してしまい、非道な行いだってすることができるのだろう。いじめも、ハラスメントも、暴力も。

嗚呼、気持ち悪い。そんな"人生"の集合体でできた世界が、果てしなく気持ち悪い。


そんな世界で、疲労感とめまいに抗いながら、今日も生きている。

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気持ち悪い世界に生きている 名月 楓 @natuki-kaede

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