第三話 : 祝福

 崩壊獣の親玉、カタストロフィ。そもそも僕は小型の崩壊獣にすら遭遇したことないっていうのに、どうしろっていうんだ。僕は機関のカリキュラムを恨んだ。実践的な戦闘訓練は1回としてなかったのだ(そもそも実践的な訓練などというのは不可能であった。それは生徒を崩壊の現場に派遣することを意味するが、そんなの教え子に無駄死にを強制するようなものだ)。


 カタストロフィは……何ともいえない見た目をしている。獣のように恐ろしい一方、どこか神聖で……何故か親近感が湧くような? いや、そんなことはない。ただの人を殺すバケモノだ。


 まあ、そんなこと考えたってどうしようもない。だって死ぬのだから。


 ヤツは信じられない速度で逃げ惑う人々を踏み潰し、家を複数同時に破壊し、中にいる人々をつまみ出し首を切断した。ヤツの右手にあたる部分は大きな刃のようになっていて、それを利用していた。手が刃だなんて、本当に人を殺すためだけに生まれてきたんだな。――ヤツに心があるとするなら――何を考えてこんなことをやっているのだろう?


 死ぬなら痛くないようにして欲しかった。幸い僕の目の前で殺されていく人々は、そこまで痛みは感じていなさそうだ。だって一瞬だから。

 死は救済だと考えている節があったから(もちろん人によるし、僕はできればもうしばらく生きていたかったが)、死はそこまで恐れていなかったが、痛いのは嫌だった。本当に痛いのは嫌だ。どうか一瞬で――


 ヤツがこちらを見た。近づいてくる

「ズシーン!ズシーン!」

 一歩進むたび、自信が起こる。

 お願いだから、どうか一瞬で……


「ん? なんだ、あれ…」

 閉じていた目を一瞬だけ開くと、ヤツの後ろに、白い光(人影?)が見えた。

 光はパッと消えた、その瞬間

「ドォォォーーン‼︎‼︎」

 体に衝撃が走る。3メートルほど吹っ飛ばされた。

「え…? なんなんだ今の?」

 カタストロフィが放った弾か何かか? そんなめんどくさいことしなくていいよ。その右手で僕の首をさっさと切り落とせばいいんだ。僕は再び立ち上がった。


 ヤツはすぐ目の前に近づいてきていた。でかい。

 右手を振りかざす。目を閉じて首筋を伸ばした。外すなよ。

「ブォォォン‼︎」

「ガギィィィン‼︎‼︎」

「はっ?」

 死んでない!まずい、痛みが来る!


 その心配はなかった。僕の周りには透明なシールドのようなものが形成されていて、ヤツの右手は思いっきし跳ね返されたようだ。

「ヴォ゛オ゛ォ゛ォオ゛ァ゛ァ‼︎‼︎‼︎」

「ブオォォン‼︎」

「ガギィィィン‼︎‼︎」

「ブオォォン‼︎」

「ガギィィィン‼︎‼︎」

 カタストロフィは怒って――いや怒ったように見えただけかもしれないが――、悲痛な――悲痛に聞こえただけかもしれないが――唸り声をあげ、何度も何度も右手を振り下ろすが、その度に僕に、いやシールドに跳ね返される。僕は腰を抜かしていた。そして驚いていた。


「君は、何がしたいの……?」


 驚くべきはそこではなかったのかもしれないが、僕はもうまともな思考ができる状態ではなかった。


 十数回この奇妙な光景が続いたあと、彼は突然溶け出して、空の方向に吸い込まれていった。


 崩壊の終了だ。崩壊はごく数分で終わる時もあれば、数時間続く時もある。カタストロフィが降臨することもあれば、小さい崩壊獣の類しか出てこない時もある。崩壊の規則性について多くの学者は、「規則性がないことが規則性である」と絶望の見解を述べている――そう教科書に書いてあった。


 シールドが、何事もなかったかのように見えなくなっていく。


 僕は腰を抜かしていた。

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Well-being (旧) トンヌラ @tonnura_AH

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