幼馴染に嫌われたと勘違いして不登校になりかけたけど、実は両想いだった件

桜 偉村

第1話 誕生日① —欲しかった言葉—

夏希なつき、誕生日おめでとう」

「おめでとう。もう十六歳か」


 朝、リビングに降りると、両親から声をかけられた。

 私は小さく微笑んで、簡単にお礼を返す。


「ありがとう」


 サプライズパーティーに目を輝かせる年齢はもう過ぎたけれど、それでも今年の誕生日は特別だった。

 なぜなら、幼馴染であり、彼氏のれいとデートに出かけることになっているからだ。


 だから、いつもより少しだけ——いや、正直に言うなら、かなり気合を入れてオシャレをする。


(誕生日なんだから、これくらい当然よね。それに、彼氏にかわいく見られたいって思うのは、女として当たり前のはずだし)


 鏡に映る自分をじっと見つめながら、心の中で言い訳めいた言葉を並べてみるが、ふと手が止まる。


(……ちゃんと、気づいてくれるかしら。いや、気づいても言わなそうよね)


「あいつ、ヘタレだもの」


 そう口に出してみると、思わず頬が緩んでしまう。

 ……って、なんて顔してるのよ。

 鏡に映った自分の表情を見て、咄嗟に顔を背けた。


 支度を終え、玄関に向かう。

 お迎えの時間までは、あと五分ほどだ。


 しっかりとセットしたはずなのに、姿見に向き合いながら、前髪の微調整をしてしまう。

 さらには化粧の濃さや唇の色まで気になってくるが、さすがにやり直す時間はない。


(ソワソワしすぎでしょ……)


 自分に苦笑していると、インターホンが鳴った。

 慌てて身だしなみの最終チェックをして、扉を開ける。


「夏希、おはよう」


 そう言って微笑む澪は、いつもより少しだけ大人びていた。


(……オシャレ、してきてくれたんだ)


 胸がじんわりと温かくなる。


「お、おはよう」


 なるべく普段通りを心がけたつもりだったけど、声が少しうわずってしまった。

 澪も、どこか緊張した様子で視線を泳がせたあと、私をまっすぐ見つめて、照れくさそうに言った。


「誕生日、おめでとう。えっと、その……かわいいよ」

「っ……」


 最後に付け足されたその一言に、心臓が跳ね上がる。


(か、かわいいって……!)


 でも、すぐに顔に出すわけにはいかない。

 私は努めて澄ました顔を作る。


「そ、そう? ありがと……でも、これくらい当然でしょ。誕生日なんだから」


 我ながら苦しい言い訳だと思いながらも、なんとか形だけ取りつくった。

 けれど、内心ではとっくに舞い上がってしまっている。だって、その一言がほしくて頑張ったのだから。


 ヘタレなかった澪には、しっかりとお返しをしてあげるべきだろう。


「……その、澪も、格好いいわよ」

「えっ……」


 澪は驚いたように目を丸くしたあと、耳まで赤くなった。


(格好いいんだから、もっと堂々とすればいいのに)


 そう思いながらも、そんな彼がいじらしくて、たまらなく愛しかった。

 澪がごまかすように咳払いをする。


「じゃ、じゃあ、行こうか」


 そう言って歩き出しながら、彼は自然な仕草で私の手を取った。


「っ——」


 びくっと肩が跳ねる。


(なによ、スマートじゃない……っ)


 胸の奥から湧き上がる熱に突き動かされ、ぎゅっと握り返してみた。

 澪が驚いたように、こちらを見る。


 私は恥ずかしくなって、すぐに視線を逸らした。

 それでも、澪は嬉しそうに微笑んでくれて——その顔に、また胸がきゅうっとなった。


(ほんと、ずるい……)


 思わずため息を吐く。

 けど、自然と口元が緩むのを、抑えることはできなかった。




◇ ◇ ◇


 


 水族館では、手を繋いだまま、ゆっくりと展示を回った。

 大きな水槽に泳ぐ魚たちを見たり、イルカショーを見上げたり。

 特別なことはしないけど、それだけで十分だった。


(……隣に、澪がいるから)


 人が少ない休憩スペースに座っていると、思わずそんなことを考えてしまい、頬が火照る。

 慌てて横目で澪の様子を伺うけど、彼は顔を強張らせていて、それどころではなさそうだった。


 澪がバッグから取り出したのは、二つの弁当箱。

 それぞれ違う絵柄の風呂敷に包まれていた。


「……あんまり美味しくないかもだけど」


 少しだけ弱気な声でそう言いながら、水色に控えめな桜の花が描かれた、春らしい上品な風呂敷に包まれたほうのお弁当を渡してくる。

 私は手を差し出し——受け取らずに、澪の額を小突いた。


「いたっ。な、夏希?」


 目を瞬かせる澪に、私は指を突きつける。


「そういうの、禁止よ。もっと堂々と構えてなさい」

「あっ、うん……ごめん」


 澪が反省するように眉を下げるのを見て、私もふっと微笑む。


「まぁ、普段はやっていないことだし、特別に許してあげるわ。でも——」


 私は再び語気を強めた。


「言っておくけど、今日の私は厳しいわよ? 誕生日なんだから」

「勘弁してくれ……」


 冗談めかして言うと、澪が困ったように笑った。

 私は内心のワクワクを悟られないよう、意識的にゆっくりと風呂敷を解く。


「わっ……」


 フタを開けると、思わず歓声が漏れてしまった。

 男子高校生が作ったとは思えないほど、色とりどりのおかずが私を出迎えた。


「思ったより凝ってるわね……じゃあ、いただきます」

「あぁ」


 ごくりと唾を飲み込む彼を横目に、こちらも密かに緊張しつつ、一口食べてみると——、


(なによ。ちゃんと美味しいじゃない)


 自然と口角が上がってしまう。


「……美味しいわよ。ありがと」

「っ……良かった」


 恥ずかしくて素っ気ない感想になってしまったけど、澪は安堵したように笑ってくれた。

 それから、彼は照れくさそうに頬を掻いた。


「実は、ちょっとだけ母さんに手伝ってもらったんだけど」

「別にいいじゃない」


 そんなやり取りを交わしながら、穏やかに過ごしていた時だった。

 ふと、視界の隅に、近くにいたカップルが目に入った。


 彼氏が、彼女に「アーン」と食べさせている。


(……わっ)


 想像してしまった。自分が、澪に食べさせてもらうところを。

 体中の熱が、一気に顔に集まった。


「夏希? どうした?」


 澪が不思議そうに尋ねてくる。


「な、なんでもないからっ!」


 慌ててごまかすけど、手遅れだった。

 私の視線を追って、同じカップルを見つけたのだろう。澪も途端に頬を染めた。


「……」

「……」


 気まずい空気が流れた、そのとき——

 澪が、お弁当から卵焼きを摘まんで、そっと差し出してきた。


「ほ、ほら、夏希」

「えっ?」

「一個一個、味付け違うかもだからっ……」


 澪の言い訳がましい声は、震えていた。


(な、なに言ってんのよ……!)


 訳のわからない理由だ。

 そう思いながらも、私は気づけば、小さく口を開いていた。


(なんで、私……っ)


 恥ずかしさに耐えきれず、そっと唇を噛んでうつむく。

 そんな沈黙を破るように、澪がおずおずと尋ねてきた。


「あ、味……どうだった?」

「……あ、甘かったんじゃないかしら」


 正直、味なんてわかるはずがなかった。


(ほんと、なにやってるのかしら……)


 自分たちに呆れてしまう。けど——

 こんな時間がずっと続けばいいな、なんて思ってしまうくらいには、幸せだった。

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