異世界数学マスマティカ〜勉強から逃げ続けた俺が、中学数学で最強魔術師になった件〜

☆ほしい

第1話

気がついたとき、俺はもう異世界にいた。

事故か何かで死んだっぽい、っていうことも、うすぼんやりとしか覚えてない。

ただ、あの女神──妙に軽いノリだった女神──が言ってたことははっきり覚えてる。


『あんたにあげるチートはこれ! 【中学数学完全掌握】! 異世界マスマティカではバカみたいに役立つから、マジ安心して! じゃ、いってらー!』


……信じられるか? 生まれ変わりのボーナスが、中学数学だぜ。

どう考えてもフザけてるとしか思えなかった。


だけど。

この世界『マスマティカ』では、文字も、魔法も、戦争も、全部、【古代数学】に支配されているらしい。

かつてこの世界を栄えさせた超文明が遺したのは、数式による言語と、数式による呪文。

それを扱える者は、ほとんどいない。

文明崩壊の後、ほとんどの数学知識は失われ、今では「数字が読めるだけでも賢者」みたいな時代になっていた。


つまり。

──中学数学でも、ここじゃ最強ってわけだ。


 


そんなダイジェストを頭の中で反芻しながら、俺は立っていた。

広大な草原、ひんやり澄んだ空気、遠くにちらつく石造りの街。

まさに異世界──中世ファンタジー世界そのものだった。


目の前には、古びた石碑がある。

石碑の前で、俺は黙々とスキル画面を操作していた。


《初級課題:正負の数》


画面に浮かぶ、簡素な問題。

でもこれをクリアしなきゃ、何も始まらないらしい。


【問1】

0より13大きい数を、正の符号を使って表せ。


 


「……ふっ」


思わず笑った。

バカにしてんのかってレベルだ。

こんなの、+13に決まってるだろ。


俺は心の中でそっと答えを唱える。

──+13。


すると、石碑がふわりと光った。

風が舞い、空気が震える。


……知らない奴から見たら、

たった今、俺が【超高等の古代呪文を詠唱した】ようにしか見えなかっただろう。


実際、近くを通りかかった旅人風の男が、目を見開いて立ち止まった。

まるで、伝説でも見たかのように。


俺は──中学数学を、真剣に、異世界で使い始めた。



石碑がぼんやりと光を放った瞬間、背後から地響きが聞こえた。

反射的に振り返ると、そこには──


「グオオオオオオオッ!!」


──獣。

身の丈二メートルはある毛むくじゃらの巨体、鋭い牙、鉤爪、血走った目。


やばい。見た瞬間に分かった。

あれは、雑魚じゃない。下手すりゃ死ぬ。


しかも、俺をまっすぐ狙ってきてる。

完全にターゲットロックオンされてるってやつだ。

冗談抜きで詰みかけた。


「……っ!」


だが、ここで逃げたら、また俺は何も変わらない。

スキル画面を確認すると、次の課題が浮かんでいた。


【問2】

0より5小さい数を、負の符号を使って表せ。


馬鹿にしてんのか。

こんな状況で問題解かせるとか、鬼畜すぎるだろ。


けど──

冷静に、脳内で答えをはじき出す。

-5だ。負の符号をつけて-5。それだけ。


心の中で-5を強く念じる。

すると、俺の周囲に、薄い蒼い光の輪が広がった。

手にしていた何もない空気が、ぐにゃりと歪み、硬質な感触に変わる。


──盾だ。


数式魔術が、問題に正解したことで自動発動されたのだと、直感で理解した。

この世界では、数学が魔法のトリガーなんだ。


獣が跳びかかってくる。

咄嗟に腕をかざすと、蒼い盾が衝撃を受け止めた。


「うおおっ!!」


ズシリと体に重みがかかる。

だけど、盾は破れなかった。獣は反動で後ろに弾かれ、地面に着地する。


周りで見ていた村人たちが、口をぽかんと開けたまま俺を見ていた。

当たり前だ。

彼らにとっては、俺がいきなり超古代魔法を詠唱して、

獣の一撃を真正面から受け止めたように見えたのだから。


息を整えながら、俺はスキル画面を睨んだ。

まだ、次の問題が浮かんでいる。


【問3】

0より4分の3小さい数を、負の符号を使って表せ。


 


(マジかよ……まだ続くのかよ……!)


でも、もう迷わない。

俺は──ここで、戦うって決めたんだ。

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