俺の幸せを願うなら
葛籠澄乃
全1話
「ねえ、ねえ。彼氏、できました」
俺の後輩である彼女は、幸せが隠しきれないという様子で言ってきた。普段動かない表情筋も、柔らかな笑顔を表していた。小さな子供が父にこれひろったよ、と自慢するのと同じように。
よかったじゃん、と声に出すのに2秒の時間がかかる。怒りだとか嫉妬だとかは押し殺して口角を上げてみせた。
「良かったな、ずっと好きそうだったから」
「え! バレてたんですか」
バレてる。だって俺と見せる会話よりもずっと親そうにしてた。向こうからのわかりにくい好意よりも、俺からのわかりやすい好意は見えなかったんだろうか。返信だって気付けたらできるだけ早く返したし、会話中は目を逸さなかった。今日は会えるかなと想像して、見つけたら真っ直ぐにおはようと言いに行ってたのに。
「先輩はいないんですか、好きな人」
「うーん、どうだろうね」
「え! いるやつですよね。誰ですか」
「秘密だよ」
「その人と幸せになれたらいいですね、先輩も」
ならお前が幸せにして。幸せにして。彼氏よりも先に手のひらの感覚と、まつ毛の長さと、唇の味を暴いてやりたい衝動に駆られた。でも、そしたらお前が不幸せになる。いまのあなたに不幸な顔は似合わないし、俺が傷付けたという事実は俺が俺を嫌いになってしまう。好きなら、先輩なら、醜い嫉妬をするよりも祝ってあげるべきだ。
「俺はすぐに幸せになれなくてもいいよ。まずは、お前がもっと彼氏と幸せになることだね。おめでとう」
俺の幸せを願うなら 葛籠澄乃 @yuruo329
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