File06 支配の終幕
舞亜は病院の手術室前にある長椅子に腰掛けていた。
もう既に時刻は夜の19時を過ぎていて、未だに赤い[手術中]のランプは消えておらず点灯したまま。俺は彼女から指定された病院へ駆け付けると舞亜が立ち上がって振り返った。
「居た...探しましたよ黒羽さん!」
「...コゴロー。」
彼女の顔は普段見せるあの表情ではなく何処か暗かった。
「ご両親には先生が連絡して下さるそうです。...まさかこんな事になるなんて。」
「...誰かが故意に落としたか、或いは本人が落ちたのか。最悪の事態が現実になってしまったのは言うまでもない。私のせいだ......。」
「でもこれは黒羽さんのせいじゃ...!」
だが俺の声は突如として聞こえて来た聞き覚えのある声で遮られた。
その声の主は勇人で彼の横には宗一郎も居る。
「いいや、黒羽舞亜の責任だ。」
「勇人...!」
「少なくとも我々へ逐一報告するという考えはあった筈だ、それを怠った上に独断で行動しこの事態を招いた...。それから元宮一花の件は事故で処理する事に決まった、これ以上民間人の介入は必要ない。明智、お前も何故止めなかった?下手すれば死んでいたんだぞ!?」
詰め寄られた俺は何も言い返せない。
「氷川、それ位にしておけ。起きてしまった事を今更責めても仕方がない...それに前以って不測の事態に備えるのは誰だって難しい事だ。」
「ですが、自分は認める気はありませんよ!!彼女は単なる一般人で自らの好奇心だけで事件に首を突っ込む迷惑極まりない存在...他人の事なんかこれっぽちも──!!」
最後の一分を聞いた舞亜が振り返って口を開く。
「あぁそうだ、解らない。現に私の人生がそうだったからな。自分が正しいと思った事は間違っていないから曲げる気も無ければ他人と意見を合わせる気も無い。
事実を曲げるという事は私自身を曲げる事になるからだ。」
「現に人が死ぬところだったんだぞ!?よくそんな滅茶苦茶な事が言えるな!!」
「私の事を咎めたいのなら後で幾らでも聞いてやる、だが今の最善策は元宮一花、宮野亜沙美の2人をそうさせたヤツを白日の下に引き摺り出して真実を吐かせる事...違うか?」
彼女がそう話し終えるとランプが消えて執刀医が出て来る。彼は舞亜と俺達を見て話し始めた。
「……最善は尽くしました。後は本人の気力次第でしょう。」
「あ…ありがとうございました!」
俺は彼へ一礼すると舞亜の方を振り返る。
彼女は何かを考える様な様子を見せ、俺の視線に気付くと振り向いた。
「…コゴロー、少し付き合え。」
「え?あ、はい…良いですか?相澤警部。」
宗一郎へ話し掛けると彼は頷いた。
俺と彼女は病院の休憩スペースへ来るとお互いに椅子へ腰掛ける、そして舞亜は小さな溜め息を1つだけついた。
「例の動画の鑑定結果は?」
「明日には出ると思います...もう1つは時間が掛かるかもしれませんが。」
「そうか。なら2つとも早めに寄越せ...私はもう少しあの学校を調べてみる。」
「それは構いませんが、事故が起きた後ですし余計に情報を聞き出すのが厳しいんじゃ...?」
「だから調べるんだよ。麻紗の話じゃ灰原里香の時も元宮一花の時も学校側は意図的に事実を揉み消そうとしたそうだ...2度あることは3度ある、まさにこの事だな。」
「やっぱり灰原里香の事故死が今回起きた2件の事故と関係が有るという事ですか?」
「恐らくな...それにカミサマの狙いは私に変わった。アイツからすれば私は聖域を荒らすヘビそのものだ。どんな手を使ってでも私を排除したがるだろうさ。」
舞亜は鼻で笑うと足を組んでニヤリと笑った。
だが俺には舞亜が言う神様の意味が解らない。
「あの...神様というのは?」
「此奴だよ。名前は高坂正樹...又の名を神様。奴は麻紗と同じ2年生で体験入学希望者の引率係も任されている。」
舞亜がポケットから携帯を取り出して学校のサイトを開くとそこにある【私達が案内します!】という見出しの下にある顔写真付きの生徒一覧を見せた。
「彼が神様...?」
「何でも中間と期末テストの試験範囲を言い当て、教師が伏せておいてる筈の抜き打ちテストの日も言い当て、オマケに教師達の秘密すらも知っている...これだけ聞けば神様と言えるだろ?」
「言われてみれば確かに…あ、そうだ!そういえばこの生徒なら見ましたよ、あの飛び降りが起きた現場で!!何か現場を見て嘲笑ってる…というか何と言うか…そんな顔してました。」
「そうか……だがこれで1つ解った。悪魔で仮説だが高坂正樹が宮野亜沙美を何かしらの方法で嵌めた可能性が高い。何せ私に対して上に気を付けろと忠告して来たレベルだからな。」
「それともう1つ…黒羽さんと別れた後にこんな紙が車のフロントガラスに入ってたんですよ。これも事件と何か関係有ります?」
俺は胸ポケットから1枚のメモ用紙を差し出してそれを舞亜へ見せた。
「…部外者は去れ?単なる脅しだろ、それにこの字なら見覚えがある。」
「本当ですか!?じゃあ誰が…?」
「それと今日は疲れたからもう帰る。コゴロー、お前の車に乗せろ。あと腹が減ったから何処かで飯食って帰るぞ。」
「…はいはい。何食べるんです?」
「そうだな…ファミレスにしよう、カレーとパフェが食べたい。」
俺は舞亜の要望を聞き入れ、宗一郎達へ挨拶した後に共に駐車場へ訪れる。そして彼女を助手席へ乗せてから運転してファミレスへと向かい、そこで食事を済ませてから舞亜を家まで送る車内で俺は改めて尋ねてみた。彼女はその横で病院の売店で購入したチョコチップクッキーを食べている。
「そろそろ教えて下さいよ、誰が書いたんです?」
「んー?アレを書いたのは牧原麻紗だよ。」
「牧原さんが?あ、ちょっとッ...クッキーの食べカス落とさないで!!この車最近買ったばかりなんですから!!」
「細かい事は気にするなよ。ある種の警告だろ、これ以上は関わるなって奴さ。それに2年生全員が何かしらの影響を受けていても過言じゃないだろ?」
ポリポリと彼女はクッキーを食べながら話を進める。
俺は終始、愛車の助手席に散らばる食べカスの事だけが気になって仕方がなかった。
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体験入学2日目の朝。
学校へ舞亜を送り届け、駐車場へ車を停めた際に舞亜から話を振られた。
「コゴロー、今日は必ず連絡が取れる体勢でいろ。」
「え?何ですか急に。」
「…昨日話した通り、相手がどんな手を使って私を消そうとするか解らないからだ。良いか?絶対だぞ!!」
「は、はい…!」
「それと!頼んだブツは?」
「それなら此処に。」
俺は舞亜へA4サイズの茶封筒を手渡すと彼女はそれを掠め取り、鞄の中へ突っ込んだ。
それから車のドアを開いて外へ出るとそのままの足取りで校舎へ向かって行く。その足取りを確認した後に俺は車を走らせて学校を後にした。一方の舞亜は周囲から向けられる視線を感じつつ昨日と変わらず麻紗の居るクラスのドアを開ける、だがその空気は異様だった。
全員が一斉に舞亜の方を振り向くとその目は何処か黒く澱んでいて何かに取り憑かれている様にも感じられる程に気味が悪い。
「…昨日と打って変わって、仲良しこよしムーブはお終いという訳か。解った…出て行くよ、こんな雰囲気じゃマトモに授業なんか受けられないからな。」
舞亜は溜め息をついて応接室へ向かい、机の上へ鞄を置いた。
「さっきのアレは殺気だ…それも1人や2人なんかじゃない……麻紗を抜いた全員分と来たか。」
椅子へ腰掛けてから先程、俊也から貰った茶封筒を鞄の中から取り出して中身を開けて確認すると依頼した物全てがそこに入っていた。
同じタイミングでドアが開いて振り返ると紗希がそこに立っていて此方を見て声を掛けて来る。
「明智さん、授業は出ないの?」
「…少し気になる事が有るから今日は出ない、自習する事にした。」
「そう…それは別に構わないけど。その気になる事って何?」
「…先生の苗字、本当は風間じゃないだろ?」
「……どうしてそんな事を聞くの?」
「先生が今使ってるそのバレッタ、それは灰原里香が生前身に付けていたモノだからだ。普通なら目立つ傷の付いたモノは身に付けないし人前に出る以上は見栄えに気を使って新品を使う筈。でもそれをしないという事はそれに余程の拘りか…或いは執着が有るという事になる。」
「ッ…!で、でもそれは単なる──」
「偶然じゃない。お前の本当の名は灰原紗希、亡くなった灰原里香の姉だ。知り合いの警察官に調べて貰ったんだよ…そうしたらこれが出て来た。」
血縁関係の書類を見せると場の空気が固まった。2人だけの空間が静寂に包まれると紗希は小さく頷いてから舞亜を見て話始めた。
「妹はね…里香はこの学校に殺されたのよ!!最初はイジメとか、そっちの線も何もかも全て疑った!でも…証拠が何一つ出ないし、学校側は何も無かったの一点張りでそれ以上は何もしてくれなかった!!だから…だから私は…この学校専任の教育アドバイザーになったの…そうすれば少しでも何か解ると思ったから!!でも…今日まで何も…ッ…!」
「…当然、学校側は隠蔽するだろうな。都合の悪い事には蓋をして内部の人間は疎か、関係者にすら明るみにさせない…それが連中のやり方だ。自分達の立場がこの世で何よりも大事なんだよ、結局は自分が一番可愛いのさ。」
舞亜が足を組んで紗希を見つめる、その彼女は強く唇を噛み締めていた。
「……安心しろ、私が必ず解決してやる。だが真実がどうであれ変な気だけは絶対に起こすなよ。」
「あ、明智さん…貴女って…一体…!?」
「今はそんな事どうだって良い、それよりお前の知ってる事を全て私に話せ。一言一句、何もかも全てだ。」
舞亜は紗希からこれまで調べた物全てを聞き出す、それは彼女が妹の為にと思い必死に模索した事実そのものだった。記憶力が人並み以上に有る舞亜からすれば憶えるという行為自体に何の躊躇いもない上に朝飯前とも言える。そして生前の灰原里香が抱えていたとある秘密も含めて全ての内容を紗希から聞き出した。
「でも…こんなので本当に…。」
「あぁ、問題ない。それと2つ頼みがある…1つは職員室の鍵を私に一晩だけ預けて欲しい。」
「職員室の鍵を?…解った、後で相談してみる。」
「もう1つは情報室の川端という教師に今から書くコレと同じ物を流す様に伝えろ。」
メモ帳の切れ端を紗希から貰った舞亜はペンで文章を書き記すとそれを返却する。
そして舞亜自身が立てたとある作戦を決行する為に放課後、そして全校生徒が全て下校するタイミングまで彼女だけが学校に居残っていた。
本を読む等して暇を潰す形で舞亜だけが待っていると応接室に俊也と唯の2人が訪れると舞亜は2人を見て軽くだが笑った。
「来たな。唯、懐中電灯は?」
「有りますよ、ほら!百均で買って来ましたけど…こんなので本当に大丈夫ですか?」
俺の横に居た唯がビニール袋をテーブルに置いてそう話すと舞亜は「上出来だ」と伝えた。
「それで…何するんです?」
「決まってるだろ、狩りに行くんだよ。」
「狩り…ですか?」
俺は彼女の言葉に耳を疑った。
学校にクマやらイノシシが出る訳でもないのに
何を狩るのだろうか?
「あぁ、そうだ。それも唯の狩りじゃない…ネズミ狩りだ!!」
舞亜が自信満々にそう話すと俺は言葉の意味が解らないまま懐中電灯を手にし、
飛鳥間と共に夜の校舎の廊下を歩いて進んで行く。人気も無ければ明かりも懐中電灯と非常ベルのランプ、足元の非常灯しかない事から尚の事気味が悪い。
「ちょッ...飛鳥間、あまり引っ付くなって!」
「だ、だって夜の学校とか滅茶苦茶怖いじゃないですか!!人体模型とか骨格標本とか、二宮金次郎とかが動くんじゃ...!?」
「そんな訳ないだろ...考え過ぎだよ。」
何とか彼女を宥め、歩いて行くと舞亜がブラインドが下りた職員室の前で足を止めて小声で「明かりを消して屈め」と促して来る。言われた通りにして
その場で息を殺しているとガサガサという何かを漁る様な音が聞こえて来る。
外の明かりで時計を確認してみると時刻は夜の23時だった。
「唯、お前は此処で張り込んで逃げて来たら捕まえろ。コゴローは私と来い。」
「えッ?あ、はい...!」
言われるがまま俺は舞亜の後に続いてドアの前へ。
そして慣れた手付きで舞亜がカギを開けると音を立てずに職員室の中へそのまま入りこむ。次に彼女が向かった先、それは職員室全体の電気を点ける為のスイッチが有る場所で依然としてガサガサという物音は鳴り止まない。次に聞こえて来たのはシャッター音の様な機械的な音だった。目を凝らしてみるとライトの様な白い光が点いている。
(何だ?本当に何が起きているんだ...?)
俺が疑問に捉われていると舞亜が俺の左足をわざと踏み付けて来る。
痛みを堪えて彼女を見ると「集中しろこのバカ」と言わんばかりの顔で睨んでいた。
そして彼女がゆっくり立ち上がり、懐中電灯を俺へ手渡すと右手の人差し指、中指、薬指の3本を用いて小声でカウントダウンを始めた。
「3、2、1......ゼロ──ッ!!」
彼女が左手で全ての明かりを点けたその瞬間、暗闇に包まれていた室内に光が差し込む、そして音の主もまた何かに驚いて大きな物音を立ててしまった。
「飛んで火にいる夏の虫...ならぬ職員室に入り込む夜のネズミだな?いやバカの方がしっくり来るか?」
「だッ、誰だお前!?」
聞こえて来たのは若い男性の声、立ち上がった俺が視線を向けるとそこに居たのはスポーツ刈りという短い髪に対し首から下は黒いジャージを着た人物。よく見ると
引き出しを物色していたらしく開けっ放しになっていた。
「あの...話が全く見えないんですけど、もしかして彼がネズミ?」
「そうだ。部活動紹介によればパソコン部のメンバーは部長の村上圭太、副部長の高坂正樹...そして2年生が4名、1年生が4名の合わせて10名。だが村上圭太は部長じゃない......本物の部長はお前だな?小森隆博!!」
舞亜がそう話すとゆっくり彼の方へ歩み寄り、足を止めた。
「ど、どうしてそれを知ってんだ!?誰から聞いた!?」
「宮野亜沙美が私に教えてくれたんだ。病院に搬送される前、パソコン部の部長は村上じゃないってな。気になって風間先生に聞いたら部長はお前だという確かな事実を教えてくれたよ。それもお前は絶賛停学中...だから裏で何をしても怪しまれないという訳だ。」
「くそぉおッ...!!」
「ついでにコレも教えておいてやる。今から3日後に抜き打ちで国語、数学、英語の小テストが有る...というのは私が予め用意したフェイク。要するにニセモノだ。こうして職員室に忍び込んで密かに情報収集しそれを流す...これが神様の予知能力の正体だ!」
舞亜が指を差した瞬間、隆博は立ち上がって職員室の出口から逃げ出したが
付近に居た唯が飛び出して両手を広げて立ち塞がる。やけくそで殴り掛かった
彼の渾身の左手のフックは躱されて空を切り、続いて右ストレートを放つが
唯は臆せずに隆博の右手首を自身の左手首で上へ跳ね除けた直後に相手の手首に右手の親指を掛けた状態から今度は一歩前へ踏み出すと同時に落としてはそこから流れる様な体捌きで彼を地面へ伏せさせた。
「いででででぇッ!?」
「緊急確保!大人しくしなさい!!」
舞亜と共に出て来ると「その位で」と俺が伝え、漸く隆博は解放される。
彼は観念したのかその場に座り込んでいた。
「飛鳥間、相手は高校生だぞ?少しは手加減しないと。」
「すいません...ちょっと気合い入り過ぎちゃいました。」
唯は子供の頃、合気道を習っていた事からこういう場面では強いのは知っているが舞亜の傍に居る事もあってか最近また改めて学び直しているのを噂で聞いていた。
それから隆博を連れて応接室へ3人で戻ると彼を椅子へ座らせ、舞亜がその前へ椅子を置いて足を組むような姿勢で腰掛けた。
さながらこの光景は尋問というに相応しいだろうか。
「こ、こんな事してタダで済むと思ってんのか!?」
「不法侵入、窃盗未遂、それから公務執行妨害...それから逃げる際に花瓶を割ってるから器物破損も追加だな。それと逃げられると思うなよ?そこの2人は本物の警官だ。」
隆博が俺と唯を交互に見てから事態を察したのか静かに頷く。
「そして私がお前に聞きたいのは...神様を跪かせる術だ。」
「か、神様って...アンタこの事を何処まで知って──ッ!?」
「いいから黙って聞かれた事だけ答えろ。拒否権や黙秘は一切認めないから覚悟しろよ?」
彼の言葉を遮ってから舞亜による尋問の様な質問責めは23時頃まで続き、解放された頃には隆博はぐったりしていた。
「...黒羽さん。」
「あぁ、胸糞悪い事件だが...これで必要なピースは全て揃った。後は支配を終わらせるだけだ。」
それから隆博の身柄は籠目東署で預かる事とし俺達は学校から引き上げた。
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翌朝、2年生だけの全校集会が開かれると学年主任である年配で小太りの男性教諭、山本がマイクを持って生徒らの前へ来る。そして生徒達を見回して間を開けてから話を始めた。
「えー、既に知っている生徒も居ると思われますが2年C組の宮野さんが屋上から飛び降りて重傷、病院へ緊急搬送される事案が有りました。もし何か知っている生徒が居たら担任に相談する事そして学校側は本件を──。」
彼がそう話そうとした瞬間、体育館のドアが勢い良く開かれて1人の女性が入って来た。
「また痛ましい事故として処理するのか?元宮一花、そして灰原里香の時と同じ様に。」
一斉に生徒が振り返る、その視線の先に居たのは学生服を着た舞亜本人。
お構いなしにツカツカと歩いて来ると山本の前へ立った。
「だ、誰なんだねキミは!?」
「初めまして体験入学中の明智舞亜です。自己紹介はこれで済んだ、おいマイク貸せ。」
「教師に向かってなんて口の利き方を...!!」
「聞こえなかったのか?良いからさっさとマイクを貸せ。それと暑苦しいからどっか行けよ。」
舞亜は彼を睨んでから右手を差し出す、止むを得ず彼はマイクを舞亜へ手渡すと
話を始めた。
「...さて。今から私はお前達が恐怖し恐れているモノに関する特別授業を始める。それは──!!」
突然、体育館のカーテンがステージ側だけ締まるとスライドスクリーンが下りて来る。そこへ投影されたのは死神の画像で気味の悪い音声が流れ始めるのだが音声は流れずに序盤だけで止まってしまった。これらの装置やスライドは全て協力者である風間紗希と川端陽一が裏で急ピッチで作成し準備した物だった。
「知っての通り、これは呪いのメッセージといってチェーンメールで拡散され、やがて数多の噂話や憶測が飛び交う事となる...そしてお前達2年生を洗脳している元凶だ。」
生徒達からどよめきが起こる中で舞亜は話を続けて行く。
「メッセージの再生時間は3分半。そしてこのメッセージの継ぎ目部分にはとあるワードが仕込まれていた...それは2年D組のK.M.に従えという至極単純な言葉。そしてそのK.M.というのは高坂正樹、お前の事。そしてこのイニシャルの名前はクラス内でお前だけだ。」
舞亜により指摘された正樹が鼻で彼女を笑う。
そして生徒達の前へ出て来るとそこで立ち止まった。
「...何を言い出すかと思えば。こんなモノでヒトを洗脳なんて出来る訳ないだろう?」
「出来るさ...サブリミナル効果を使えばな。そもそもこのサブリミナル効果とは短い文章や画像を動画の合間に載せて流す事で相手の視覚と聴覚に刺激を与えて潜在意識を刺激するというモノ...この動画もそれに十分該当する事が鑑識の調べで解っている。つまり理論上、洗脳は可能という訳だ。」
「成程ね...だがそのメールは流せない筈だよ?第一、2年生の全クラスへメッセージを送る為には専用のパスワードとIDが必要な筈だからね…君も知っているだろう?それに特定のクラスだけに送る場合も含めてだ。」
正樹が得意気に話すが舞亜はそれを鼻で笑い、制服のポケットから1枚の黄色いメモ用紙を取り出すとそれを離れで見ていた山本が言葉を詰まらせていた。
「──あぁ、もしかしてコレの事か?」
良く見てみるとそこにはID、パスワードとそれぞれ記載された項目に
手書きでそれぞれ記されていた。
「私は当初、パスワードやIDの流出はウィルス感染による物か或いはハッキングによる物かと思っていたんだが思わぬ所に盲点が有った。
こうしたIDやパスワードは本来なら自分で記憶するか、若しくは第3者に知られない様にする為に何かしらの手段を取る必要がある…だがこの紙の持ち主である学年主任はそれをせずPCのモニターに堂々と貼り付けていた。そしてその用紙を紛失した事で流出した。こうしたポストイットは粘着力がいつまでも長続きする訳じゃないからな。」
正樹が黙り込むが舞亜は話を止める気は無かった。
「…次はお前の超能力、予知の話だ。これにもちゃんと裏があったよ。小林隆博…この名前に聞き覚えは?」
「あ…ある訳無いだろう…僕は知らない!!」
「知らない?そいつは今、停学期間中であり…何よりお前と村上圭太の居るパソコン部の本物の部長だぞ?」
「ッ…!?」
正樹の顔色が変わり、つうっと冷や汗が額から伝った。
「お前の言うテスト範囲や教師の秘密を知っているという予知能力の正体は小森隆博による情報収集の結果だ。ターゲットにした奴を小森に尾行させ弱みを握り…それを利用し脅す等して教師だろうとお構い無しに意のままに操る。これも言うなればある種の洗脳の手口だ。」
すると周囲がざわつき始め、正樹に対し視線が向けられていく。
「ち、違う…!僕じゃない!!そもそも証拠は!?証拠も無しにデタラメばかり言いやがって!!」
「...お前が施したのは洗脳する為の手段だ、メールの送り主は別に居る。証拠なら持っているぞ?」
それから開かれた体育館の後ろ側から俊也により連れて来られたのは小森隆博、
彼は正樹の近くで立ち止まった。
「IDとパスワードを職員室で不正入手したのも、あの動画を作成したのも、チェーンメールを利用し動画を流したのも全て小森隆博だ。停学中の生徒なら何をしても怪しまれないし...疑いの目を向けられる事はない。灰原里香が亡くなった件で自主停学したのが昨年の秋頃、それから一度だけ復学したが体調不良を装って今日まで休学中だ。何せ優秀な支配者には優秀な側近が必要だろうからな?」
「でも元宮さんの飛び降りはどうなる...?宮野さんや灰原さんの件だって単なる偶然だ!!みんな、騙されるな!!この女は僕達を嵌めようとしているんだ!!」
生徒達から非難の声が上がるが舞亜による追及の手は止まらない。
「お前が今上げた3人とは何れも交際関係だったよな?特に最初の交際相手である灰原里香、その姉の話によればお前は放課後に里香と良くデートしていたそうじゃないか。」
「ッ......!!」
「そして2人目の元宮一花、彼女もお前と付き合っていた...そして宮野亜沙美、彼女だけは最近声を掛けたばかり。だが洗脳したお前からすれば彼女達は皆、都合の良い駒...それに冒頭で説明した2年D組のK.M.に従えというワードを事前に教え込んだのだからどうとでも操れる。」
舞亜が視線を俊也へ向ける、彼は自ずと上着の内ポケットから1枚の写真を取り出し手渡して来た。同様にスクリーンにもその画像が映し出されると周囲のざわめきも大きくなった。
「そしてお前には変わった癖が有る...それは洗脳の効果を確かめる為に自分からわざわざ現場へ赴く事。元宮一花が飛び降りた向かい側のホームの防犯カメラ、そこにお前の姿が映っていた。」
「そしてもう1つ...宮野亜沙美さんが飛んだあの日、俺もキミを現場で目撃している!!」
俊也が指摘する、正樹の顔色が変化し冷や汗を浮かべて悔しそうな表情を浮かべていた。
「そして灰原里香が何故死んだのかだが...彼女はとある秘密を抱えていた。当然ながら誰にも言えない、友人や知人にも教師にも相談出来ない大きな秘密を。これは彼女が亡くなった後、姉が里香の使っていた机の引き出しから見つけたモノだ。」
「ひ、秘密...?何の事だい...?」
舞亜が正樹を見ながら間を開けると今度は1枚の写真を彼へ見せながら話を続ける。それはエコー検査をした際の写真で胎児の姿が写し出されていた。
「──灰原里香は妊娠していた。そしてその子供の父親は当然お前だ。妊娠させたという事実が周囲に発覚すれば先ず最初に疑われるのは交際相手であるお前、そうなれば高校生活にも支障を来すし希望する大学にもこの先入れなくなる可能性もある...だからお前は彼女を手に掛けた。洗脳ではなくお前自らの手で!!」
「うぐ...ッ...ふ、ふふふ...ふふ...あははははははははははは!!」
「...?何だ、何が可笑しい。それとも事実だらけで気でも狂ったか?」
「実に素晴らしい推理だなと思ってね...最後の予言をしてあげるよ。キミは今から此処で刺される!!」
「...ふん、良いだろう殺してみろよ。」
正樹が話した時。舞亜の後方へ誰かが歩いて来た際に背後へ振り返った瞬間、それが誰だが解ったが既に遅かった。虚ろな視線で舞亜の方を見つめている少女、それは良く知る相手で右手に刃物を握り締めていた。足元にボタボタと赤い液体が滴り落ちる、俊也もそれを見て絶句していた。
「あ...麻紗...ッ...!?」
「たッ、大変だ!体験入学の子が我が校の生徒に刺されてしまった!!やはり僕の予言は──」
「...なんてな。麻紗、もう良いぞ?」
項垂れた状態で舞亜が話し掛けると麻紗は我に返って彼女の隣に居た。
「な、何故だ!?確かに刺された筈じゃ...!?」
「事前にお前と同じやり方で暗示を掛けたのさ...高坂が予言するタイミングで私を刺せってな。当然、これは玩具のナイフで血液に見えたのは血糊だ。それに人一倍頭がキレるお前の事だ、何かしらの手を打って来るのは解っていた。だから一芝居打たせて貰ったんだ。」
「どうして予言が使えるんだ...バカな、K.M.は僕だぞ!?それにお前の名前は明智舞亜だろう!?」
「生憎だが...明智舞亜は私の本名じゃない。本名は黒羽舞亜...そしてそのイニシャルはK.M.だ。序に補足しておくがメッセージも2年D組ではなく目の前のK.M.にと書き換えておいた...加工した動画を麻紗へ見せる為にな。」
ゆっくりと舞亜が正樹と隆博の元へ近寄る、そして2人を見据えながら右手の人差し指で指を差しつつ口を開いた。
「今回の事件の犯人は高坂正樹そして小森隆博お前達だ!!」
だが正樹は頭を抱えながらも舞亜を睨んで反論する。
「ッ...!ぼ、僕は...僕は神様なんだ!そんなお前のくだらない話なんか僕は絶対に認めるものか!!」
「くだらないだと?他人を支配し自らは神様を気取る...都合が悪くなれば事実を捻じ曲げて目を背ける。これじゃあカミサマじゃなくて単なるガキと同じだな?」
「違う!!僕は...僕は...ッ...!!」
「生憎だがお前がどう足掻こうが何をしようが神様にはなれない...この先お前が背負うのはその代償だ。罪を償って生きろ、唯の人間として。」
正樹はその場に崩れ落ちると前屈みに項垂れていた。
神様と語る少年による一連の支配は1人の女性の手で幕を閉じたのである。
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それから1週間と数日後。
結局、体験入学は事件解決後に打ち切りとなり学校側も3件の事件を高坂正樹と小森隆博による物であるとし警察も含めて更に詳しい取り調べを行っていた。
俺も飛鳥間も捜査に関与していた事から尚の事忙しくなってしまったのは言うまでもない。俺は残業明けに舞亜の元へ訪れたが彼女はあれからずっと家兼事務所に居て、今日も退屈そうにしながらパソコンを触っていた。唯はというと舞亜の事務所に来るや否や「おやすみなさい!!」と声を上げて寝室で寝てしまったという。
「...暇そうですね。」
「あぁ?当然だろ、事件が終わったんだからする事もない。だからこうしてネットサーフィンしてるんじゃないか。そういえばアイツらの犯行動機は結局何だったんだ?お前から聞くのをすっかり忘れてた。」
「高坂正樹は自分自身が思い描く理想郷を創りたかった...と語っています。小森隆博は依然として黙秘したままですけど。それで依頼料とか調査料は取るんですか?」
「...最後の最後まで神様気取りか。未成年から金が取れる訳ないだろ...姉ちゃんに話したら解ってくれてはいるがいつどうなるかは解らない。取れるものなら20万は最低でも取りたい位だぞ?」
「最低でって...どれ位取るつもりなんですか......。」
「そうだな...50万いや100万か?それとも500万?」
「いやいや幾ら何でも取り過ぎですって!!せめて10万位でしょう!?」
「バカ言え!こっちも生活が掛かってるんだぞ!?これじゃあ単なるボランティアじゃないか!!」
ギャーギャー叫んでいるとインターホンが鳴り、俺が出迎えると小さな白い箱を手にした麻紗と松葉杖を両脇に挟んだ一花が立っていて2人を事務所へ招き入れると舞亜が振り返った。
「...元気だったか?」
「はい、お陰様で。舞亜さん、この子が元宮一花です。」
俺は2人に座る様に促し、ソファへ座らせる。
舞亜も立ち上がってから2人の元へ訪れては腰掛けた。
「学校は...まぁ聞くまでも無いか。」
「今は2年生全員がカウンセリングの最中ですし、問題が大きいから暫くは休学する事に決まりました。舞亜さんのお陰で一花が救われた気がします...本当にありがとうございました。」
彼女に続いて一花も頭を下げた。
「麻紗が私の事調べてくれてるって聞いた時はビックリしました...探偵さんの言う通り、私と高坂君は付き合ってました。でもまさかそういう事だったのは知らなかった。亜沙美も2か月後には退院出来そうだって麻紗から聞いてます。」
「洗脳されていたんだから無理はない、あの場に居た全員が2人の被害者だからな。」
舞亜がそう話した時に麻紗は白い箱を机の上に置く。
彼女が中身を空けるとそこに入っていたのはショートケーキでそれも5人分入っていた。
「あの!これ、調査料の代わりって事じゃ...ダメですか?結構お金が要るって後からお母さんに言われて...。」
俺は舞亜の方を見ると彼女はケーキを3人分眺めた後に頷く、そして口を開いた。
「...解った、調査料諸々込みで6000円にしといてやる。そのケーキは天久堂のだろ?並ばないと買えない上に1日に限定40個しか販売されない代物だ。それに丁度ケーキが食べたかったからな!!」
「実は黒羽さん、さっきまでお金の話を──ってぇッ!?」
思い切り腹部を殴られた、それも左手の甲で力一杯。
悶絶しながら俺は腹を抑えて舞亜から少し距離を取った。
「どうしたコゴロー、もしかして腹が痛いのか?そうかそうか、ならケーキは食べられないな...お前の分は私が代わりに食べといてやるよ。唯を起こして来る、ケーキには美味い紅茶が必要だと相場が決まっている!!」
舞亜は勢い良く寝室の方へ駆けて行く。
その姿はまるで子供にしか見えなかったが俺は何処か安心していた。
死神による死の宣告すら跳ね除けてしまう存在、黒羽舞亜はある意味本当に天才なのかもしれない。何にでも首を突っ込む好奇心旺盛なその性格と滅茶苦茶な言動を除けばの話だが。
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