第8話『知られざる強敵』



 


 開幕戦勝利から一夜明け――


 


 青桜学園のサッカー部室には、静かな高揚感が満ちていた。


 


「空、ナイスゴールだったな!」

「いや、翔真のスルーパスが最高だった!」

「お前ら、ちょっとは控えろ、次の試合が控えてんだぞ」


 


 翼の現実的なツッコミが飛ぶが、誰もがうれしそうに笑っている。

 それは、"初めての勝利"という、確かな絆を刻んだ証だった。


 


 しかし――


 部室のドアが、**バンッ!**と開いた。


 


「おい、これ……見たか?」


 入ってきたのはマネージャーの早乙女紗良。タブレットを手にしていた。


 


「次の対戦相手、決まったわよ」


 


 画面に映されたチーム名を見た瞬間、空の笑顔が消える。


 


「……えっ」


 


 そこに書かれていたのは――


 


 「黎明(れいめい)学院中学校」


 


「黎明……だと……?」


 


 空が小さく呟くと、隣にいた翔真と翼の表情も変わる。


 


「ウソだろ……いきなり、あいつらと当たるのかよ……」


 


 黎明学院。


 それは、全国常連の強豪。

 今年の新入生世代は特に異常なほど強く、**『黄金世代』**と呼ばれているという噂さえあった。


 


 「ちょ、待て。しかも――」


 紗良が画面をスクロールさせる。


 


「10番、"風間 蓮"……?」


 


 その名前を聞いた瞬間、空は心臓が凍りつく感覚を覚えた。


 


「……知ってるのか、空?」


 


「……ああ。アイツは……俺の――」


 


 



 


 試合前日。

 空は一人、グラウンドに立っていた。


 夜のグラウンド。

 照明の光が、人工芝に落ちる。


 


 ボールを足元に置き、空は何度もトラップとパスを繰り返す。


 


(風間 蓮――)


 


 あの日。

 中学入学前の全国ジュニア大会で、空は蓮に完膚なきまでに叩きのめされた。


 パスを読まれ、シュートを止められ、心まで折られた。


 以来、蓮は空の記憶に棲みついていた。


 


「……あれから、ずっと、忘れたことはなかった」


 


 ボールを止め、空は夜空を見上げた。


 もう逃げない。

 もう、諦めない。


 


 今度こそ――蓮に勝つ。


 


 



 


 そして、試合当日。

 黎明学院との2回戦が幕を開ける。


 


 会場は、前回よりもさらに大きなスタジアム。

 客席には、数百人の観客が集まり、報道カメラも並んでいる。


 


「うっわ……なんだよこの注目度……」


 翔真がゴクリと唾を飲む。


 


 そんな中――


 ピッチに姿を現した一人の選手に、観客がざわめいた。


 


 黎明学院・背番号10、風間 蓮(かざま・れん)


 切り揃えられた漆黒の髪。

 鋭く、研ぎ澄まされた目。

 まるでプロ選手のような、静かすぎるオーラ。


 


 そして。


 


 その蓮の目が、まっすぐに空をとらえた。


 


「…………」


 


 無言のまま、少しだけ口角を上げる。


 ――挑発的な、笑み。


 


 空の背中に、ゾクッとした冷気が走った。


 


(見てる……完全に、俺を……)


 


 蓮は、空を覚えていた。


 あの時、蹴散らした「雑魚」ではなく、

 今、再び「相手」として認識している。


 


 



 


 キックオフのホイッスルが鳴った。


 試合開始。


 


 黎明学院のボール回しは、異常だった。


 


 「……な、何だこの正確さ……!」


 


 一つ一つのパスが、針の穴を通すように届く。


 止めようと体を寄せると、次のパスはもう違う方向へ飛んでいた。


 


 まるで、意思を持ったように――


 **「繋がっている」**のだ。


 


「空、やべぇ! 来るぞ!」


 


 翔真の叫びとともに、10番・蓮が一気に加速する。


 


 足元から、離さない。

 まるで吸いついているようなボールタッチ。


 


「止め――」


 


 空が立ちはだかる。


 が、蓮はわずかに足をひねり――


 抜いた。


 


 空の足の間をボールが通る。


 パスではない、シュートコースでもない。


 ただの「挑発」だった。


 


 振り返ると、蓮の背中が遠ざかっていた。


 


「っくそ……!!」


 


 悔しさが、胸を焼いた。


 


 



 


 前半、黎明学院に先制を許す。

 スコアは0-1。


 


 ベンチに戻った空は、唇を噛みしめた。


 


(まだ……まだだ)


(俺たちは、ここで終わらない)


 


 試合はまだ終わっていない。


 後半。

 青桜学園の反撃が、始まる――。


 

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