第6話『立ちはだかる壁』
空(そら)たちは、今日もグラウンドに立っていた。
太陽は西に傾き、橙色に空が染まっていく。
それでも、練習は終わらない。
「おい、翔真! そこだ、パス!」
「了解ッ!!」
空がサイドを駆け上がり、翔真がダイレクトでパスを送る。
その一瞬のタイミングを逃さず、翼(つばさ)が中央を走り込んでくる。
「翼、打てッ!!」
空が叫ぶと、翼は迷わず右足を振り抜いた――
ドン!!
シュートは唸りを上げてゴール右隅へ。
……だが、ゴールキーパー、守屋が飛びついて、指先でボールを弾き出した!
「ナイスセーブ!」
「ちくしょー!」
翔真が頭を抱え、翼が悔しそうに唇を噛む。
空は倒れ込む守屋を見ながら、ギリ、と奥歯を噛みしめた。
(今のパターンでもダメか……)
ここ最近、練習試合でなかなか点が取れない。
チームに足りないのは――フィニッシュの精度と、コンビネーションの完成度。
「もう一回やろう!」
空が声を上げた。
「今の、悪くなかった。精度上げよう!」
その言葉に、翔真も翼も、守屋も、うなずいた。
「よし! 次は、決める!」
◆
――だが、そのときだった。
ベンチの前に立つ顧問の古賀先生が、大きな声を上げた。
「ストップ! 一度集まれ!」
選手たちは汗だくになりながら、集合する。
「いいか、お前たち。このままじゃ、夏の県予選は厳しいぞ」
古賀先生の声は厳しかった。
「今日の練習試合を見ててもわかった。個々の技術は悪くない。だが、チームとしての連携が甘すぎる!」
言葉に、空たちは黙り込んだ。
「お前たちに今、必要なのは"意思の共有"だ!」
意思の共有――。
グラウンドに静かな風が吹いた。
◆
その日の練習後。
空たちは自主練のため、学校の裏庭に集まっていた。
オレンジ色に染まる空。
まだ生温かい風。
遠くから聞こえる蝉の声。
空は、サッカーボールを指で回しながら、仲間たちを見渡した。
「……なあ」
ぽつりと、空が言った。
「俺たち、本当に同じ方向、向いてんのかな」
翔真が、汗まみれの顔をしかめる。
「……どういう意味だよ」
翼も、少し考え込む顔をしていた。
「……個人プレーばっか、じゃないかって」
空は言った。
「それぞれが、自分のことで精一杯で。チームで、どう動くかってこと……」
悠人(はると)が、静かに付け加える。
「確かに。俺も、勝手に突っ込んで、潰された場面、何回かあった」
翔真が口を開こうとしたが、すぐに言葉を詰まらせた。
そして、ぽりぽりと後頭部をかきながら――
「……悪い。俺も、ちょっと、ガツガツしすぎてたかもな」
照れ臭そうに言った。
空は、そんな翔真を見て、ふっと笑った。
「俺も。……正直、自分が目立ちたいって、どっかで思ってたかもしんねぇ」
それを聞いた翼が、ふっと吹き出す。
「なーに真面目な顔してんだよ、空。……でも、わかる」
翼は笑ったまま、真剣な目になる。
「俺も、ゴール決めたくて、周り見えてなかった」
空たちは、顔を見合わせた。
そして、拳を突き出す。
「……同じ方向、向こうぜ」
「おう!」
「当たり前だろ!」
拳と拳がぶつかり合う。
小さな音が、静かな夕暮れに響いた。
◆
そのあと、空たちは、パス練習を何度も何度も繰り返した。
誰かがミスしても、責めずに、次へ繋ぐ。
声を出して、助け合う。
「ナイスパス!」
「ドンマイ! 次、次!」
汗が、砂埃が、夕焼けに染まっていく。
ボールは、さっきよりもずっと滑らかに回り始めた。
まるで、みんなの気持ちが繋がったかのように――。
「これだ……!」
空が叫ぶ。
「これが、チームだ!!」
翔真も翼も、悠人も、満面の笑みを浮かべていた。
夕日が完全に沈むまで、彼らは何度も、何度も、ボールを回し続けた。
やっと、ひとつのチームになれた気がした。
◆
そして、空は心に誓った。
――絶対に、勝つ。
このメンバーで、夏の大会を勝ち抜く。
真っ暗なグラウンドに、夜風が吹いた。
誰もいない校庭で、空は、ボールをそっと足元に置いた。
そして、強く、地面を蹴った。
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