第6話『立ちはだかる壁』



 


 空(そら)たちは、今日もグラウンドに立っていた。


 太陽は西に傾き、橙色に空が染まっていく。

 それでも、練習は終わらない。


 


「おい、翔真! そこだ、パス!」


「了解ッ!!」


 


 空がサイドを駆け上がり、翔真がダイレクトでパスを送る。

 その一瞬のタイミングを逃さず、翼(つばさ)が中央を走り込んでくる。


 


「翼、打てッ!!」


 


 空が叫ぶと、翼は迷わず右足を振り抜いた――


 ドン!!


 


 シュートは唸りを上げてゴール右隅へ。

 ……だが、ゴールキーパー、守屋が飛びついて、指先でボールを弾き出した!


 


「ナイスセーブ!」


「ちくしょー!」


 翔真が頭を抱え、翼が悔しそうに唇を噛む。


 空は倒れ込む守屋を見ながら、ギリ、と奥歯を噛みしめた。


 


(今のパターンでもダメか……)


 


 ここ最近、練習試合でなかなか点が取れない。

 チームに足りないのは――フィニッシュの精度と、コンビネーションの完成度。


 


「もう一回やろう!」


 空が声を上げた。


「今の、悪くなかった。精度上げよう!」


 


 その言葉に、翔真も翼も、守屋も、うなずいた。


 


「よし! 次は、決める!」


 



 


 ――だが、そのときだった。


 


 ベンチの前に立つ顧問の古賀先生が、大きな声を上げた。


 


「ストップ! 一度集まれ!」


 


 選手たちは汗だくになりながら、集合する。


 


「いいか、お前たち。このままじゃ、夏の県予選は厳しいぞ」


 古賀先生の声は厳しかった。


「今日の練習試合を見ててもわかった。個々の技術は悪くない。だが、チームとしての連携が甘すぎる!」


 


 言葉に、空たちは黙り込んだ。


 


「お前たちに今、必要なのは"意思の共有"だ!」


 


 意思の共有――。


 


 グラウンドに静かな風が吹いた。


 



 


 その日の練習後。


 空たちは自主練のため、学校の裏庭に集まっていた。


 


 オレンジ色に染まる空。

 まだ生温かい風。

 遠くから聞こえる蝉の声。


 


 空は、サッカーボールを指で回しながら、仲間たちを見渡した。


 


「……なあ」


 ぽつりと、空が言った。


 


「俺たち、本当に同じ方向、向いてんのかな」


 


 翔真が、汗まみれの顔をしかめる。


「……どういう意味だよ」


 


 翼も、少し考え込む顔をしていた。


 


「……個人プレーばっか、じゃないかって」


 空は言った。


「それぞれが、自分のことで精一杯で。チームで、どう動くかってこと……」


 


 悠人(はると)が、静かに付け加える。


「確かに。俺も、勝手に突っ込んで、潰された場面、何回かあった」


 


 翔真が口を開こうとしたが、すぐに言葉を詰まらせた。


 そして、ぽりぽりと後頭部をかきながら――


 


「……悪い。俺も、ちょっと、ガツガツしすぎてたかもな」


 


 照れ臭そうに言った。


 


 空は、そんな翔真を見て、ふっと笑った。


「俺も。……正直、自分が目立ちたいって、どっかで思ってたかもしんねぇ」


 


 それを聞いた翼が、ふっと吹き出す。


 


「なーに真面目な顔してんだよ、空。……でも、わかる」


 翼は笑ったまま、真剣な目になる。


「俺も、ゴール決めたくて、周り見えてなかった」


 


 空たちは、顔を見合わせた。


 


 そして、拳を突き出す。


 


「……同じ方向、向こうぜ」


「おう!」


「当たり前だろ!」


 


 拳と拳がぶつかり合う。

 小さな音が、静かな夕暮れに響いた。


 



 


 そのあと、空たちは、パス練習を何度も何度も繰り返した。

 誰かがミスしても、責めずに、次へ繋ぐ。

 声を出して、助け合う。


 


「ナイスパス!」


「ドンマイ! 次、次!」


 


 汗が、砂埃が、夕焼けに染まっていく。


 


 ボールは、さっきよりもずっと滑らかに回り始めた。

 まるで、みんなの気持ちが繋がったかのように――。


 


「これだ……!」


 空が叫ぶ。


「これが、チームだ!!」


 


 翔真も翼も、悠人も、満面の笑みを浮かべていた。


 


 夕日が完全に沈むまで、彼らは何度も、何度も、ボールを回し続けた。


 


 やっと、ひとつのチームになれた気がした。


 



 


 そして、空は心に誓った。


 ――絶対に、勝つ。

 このメンバーで、夏の大会を勝ち抜く。


 


 真っ暗なグラウンドに、夜風が吹いた。


 


 誰もいない校庭で、空は、ボールをそっと足元に置いた。


 


 そして、強く、地面を蹴った。

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