第5話『反撃開始――勝利をつかめ!』



 


 再開の笛が鳴った。

 湿った空気を割って、青嵐が一斉に駆け出す。


 


「いくぞぉぉぉ!!」


 翔真が声を張り上げた。

 悠人も翼も、空も、それに呼応するように走る。

 それは、点差以上に「ここから巻き返してやる」という、魂の咆哮だった。


 


 グラウンドを包む雨音。

 シューズがぬかるみを蹴る音。

 胸を打つ鼓動。


 全てが、熱を帯びて加速していく。


 



 


 成陵の選手たちも、焦りを隠しきれなくなっていた。

 彼らはプライドを持つ強豪校だ。

 無名の青嵐に、一矢報いられたこと自体が、彼らの心を乱していた。


「落ち着け! 焦るな!」


 成陵のキャプテンが叫ぶ。

 だが、その声も雨にかき消される。


 


 ――バチィッ!


 空が、成陵のパスをカットした。


「翼っ!!」


 すぐさま左サイドの翼へ。


 翼はドリブルで相手DFをかわし、センタリングの体勢に入る。


 だが、すぐに2人、成陵のDFが寄せる。

 雨でボールが滑る。ミスれば一気にカウンターを食らう。


 


(どうする……?)


 一瞬、迷いがよぎる。


 そのとき――


「打て、翼!!」


 空の声が飛んできた。


 


「っ、あああああ!!」


 翼は振り抜いた。


 ズドォォォォォ――ッ!


 低く、速いシュート。

 成陵のキーパーが必死に飛びつくが、滑ったボールはその手を弾き、ゴールに吸い込まれた!


 


「よっしゃあああああ!!!」


「2点目だあああああ!!!」


 ベンチも、グラウンドも、爆発するような歓声。


 2-3。

 ついに、あと1点差!


 



 


 勢いは完全に青嵐に傾いていた。


 陽翔の指示がグラウンドを飛び交う。


「ライン上げろ! 押し上げろ!!」


「空! 中盤拾え!」


「悠人! もっと前にいけ!!」


 


 空も、翔真も、翼も、死にものぐるいだった。

 雨で体力は奪われ、呼吸は荒くなる。

 それでも――目の奥には、誰一人、諦めの色などなかった。


 


 そして、ついにその時が訪れる。


 


 成陵のセンターバックが、焦りからミスパスを出す。

 空が、猛然と飛び込む。


 タックル――成功!


 


「チャンス!!」


 空は即座にドリブルを開始した。


 ペナルティエリア手前。

 1人、2人、3人――


 雨に濡れたグラウンドを切り裂くように、空は成陵DFを抜き去る。


 


「来るぞっ、止めろ!!」


 成陵側が叫ぶ。


 だが、空は止まらない。


 


 最後のDFがスライディングを仕掛けてきた瞬間――


 空はワンタッチ、左へ。

 スパイクの裏で、ボールを滑らせる。


 華麗なフットワーク。

 ギリギリで交わす。


 


 目の前、ゴールまであと数メートル。


 空は、右足を振り抜いた――!


 


 ズバァァァァン!!


 ゴール左隅。

 完璧な一撃。


 


「決まったああああああああ!!!!」


 


 スコア、3-3。

 ついに追いついた。


 



 


 倒れ込む空。

 駆け寄る仲間たち。


 翔真が、空を引き起こして、抱きしめるように叩いた。


「サイッコーだよ、空!!」


 悠人も、翼も、陽翔も、全員が叫んでいた。


 雨の中。

 泥だらけの顔に、涙と笑顔が混ざる。


 


「まだ……まだ勝てる!」


 空が言う。


 その声は、弱々しくも、確かな強さを持っていた。


 



 


 残り5分。

 勝負は振り出しに戻った。


 だが、青嵐には、疲労以上に確かな自信が宿っていた。


 


(俺たちは、ここまで来た……!)


 


 ラストワンプレー。

 成陵のコーナーキック。


 


 ピッチ上、全員が緊張する。


 キッカーが助走を取った――。


 


 ボールが放たれる。

 高い弧を描いて、青嵐ゴールへ向かう!


 


「絶対、止める!!」


 陽翔が飛んだ!


 


 ――バシィィィィ!!


 陽翔のパンチング!


 


 跳ね返ったボールは、翼の足元に転がる。


「空っ!」


 翼が全力で空へパス!


 


 空は、たった一人、全速力で前へ駆ける。


 背後から成陵の選手たちが追いすがる。


 


 ラストスプリント。


 最後の力を振り絞って、空は、前へ――前へ――!


 


「いけえええええええ!!」


 


 ゴール前、飛び出してきたキーパー。


 空は、右に小さくフェイントを入れる。

 キーパーが釣られた!


 


 左にボールを転がし、無人のゴールへ――


 


 ゴロゴロ、ゴロゴロ――


 ボールは、ゆっくり、確実に、ゴールラインを越えた。


 


 笛が鳴った。


 


「勝ったあああああああああああ!!」


 


 青嵐サッカー部、奇跡の逆転勝利!


 雨の中、抱き合い、泣き叫ぶメンバーたち。


 空は、泥だらけになりながら、空を仰いだ。


 


 ――空は、泣いていた。


 


 嬉しくて。

 悔しくて。

 全てをぶつけられたことが、ただ、ただ嬉しくて。


 


 こうして、

 青嵐学園サッカー部の伝説が、ここから始まった。

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