第4話『試練――最初の練習試合』


 


 数日後――。

 朝から降り続く細かな霧雨の中、青嵐学園サッカー部は、グラウンドに集合していた。


 空は灰色に曇り、山々も靄に包まれている。

 肌にまとわりつく湿気と、ひんやりとした空気。

 土の匂いが濃く漂い、濡れた芝がスパイクにまとわりつく。


「うわぁ……最悪のコンディション……」


 翔真が顔をしかめながら、足元を見た。


「雨天決行って……マジでやるのかよ、キャプテン……」


 悠人もぶつぶつ文句を言うが、陽翔は、キャップを目深に被りながら、きっぱりと言った。


「これくらいで弱音吐くな。試合は、待ってくれねぇ」


 


 グラウンドの端には、すでに今日の対戦相手――

 【成陵中サッカー部】のメンバーがウォームアップを始めていた。


「成陵って……県ベスト8の、あの成陵……だよな?」


「マジかよ……レベル違ぇじゃん……」


 ざわめく青嵐メンバー。

 翼もゴクリと唾を飲み込んだ。


 成陵の選手たちは、全員が無駄のない動きをしていた。

 パス一つ取っても、まるで意志があるかのように正確だ。

 トラップの音すら、乾いた小気味いい音を響かせる。


 ――バチン。バチン。バチン。


「こりゃ……ボコられるかもな……」


 誰かが小声で漏らす。

 その場の空気が、ズンと重く沈んだ。


 


 だが、そんな中。

 空だけは、静かに成陵の選手たちを見つめていた。

 その目には、怯えも、焦りもなかった。


「……やるしかない」


 ぽつりと、空が呟いた。


 その声に、翼が反応する。

 ぎゅっと拳を握りしめ、前を向いた。


「ああ……俺たちの力、見せてやろうぜ」


 


 ◆


 


 試合開始の笛が、グラウンドに高く鳴り響く。


 キックオフは成陵。

 相手の10番――長身のキャプテンが、鋭くドリブルを開始する。


「止めろっ!」


 陽翔の叫びと同時に、青嵐の選手たちが一斉に寄せる。

 だが、成陵のパス回しは、圧倒的に速かった。


 ピタリ、と足元に収まるボール。

 瞬時のターン。

 鮮やかなスルーパス。


「くっ!」


 翔真が懸命に追いすがるが、あっさりかわされる。


 ズバンッ――!


 ゴールネットが唸った。


 開始3分、成陵先制。


「っ……」


 翔真が、歯を食いしばって地面を蹴った。

 陽翔も、拳を握る。


「切り替えろ! ここからだ!」


 


 だが、青嵐にとっては、ここから地獄だった。


 成陵の圧倒的なボール支配。

 寄せても寄せても、ワンタッチ、ツータッチでかわされ、逆サイドへ展開される。


「ヤバい、ヤバいっ!」


 悠人が必死に戻るが、またもスルーパスに裏を取られる。


 2点目。

 さらに3点目。


 あっという間に、0-3。


 


 ベンチに戻った選手たちは、肩を落とし、顔を伏せた。


「ダメだ……あいつら、速すぎる……」


「全然ボール、持たせてもらえねぇ……」


 どこか、諦めムードすら漂い始める。


 そんな中。

 空が、きゅっと靴紐を結び直しながら、静かに立ち上がった。


「まだ……終わってない」


 その言葉に、翼も顔を上げた。


「……そうだよな」


 空は、陽翔に向かって一歩踏み出した。


「キャプテン。俺たち、もっと前からプレッシャーかけた方がいい。

 後ろで待ってても、絶対追いつけない」


 陽翔は一瞬、驚いたような顔をした。

 だがすぐに、ニッと笑った。


「――いいな。やろう!」


 


 ◆


 


 後半。

 青嵐は、守りを捨てた。


 前線からのハイプレス。

 パスコースを読んで潰しにかかる。


「翼、右サイド寄れ!」


「翔真、カット狙え!」


「悠人、下がりすぎんな!」


 陽翔が怒鳴る。

 空も、翼も、必死で食らいついた。


 


 すると、試合の流れが、わずかに変わった。


 成陵のパスに、ズレが生じる。

 焦りが、微かなほころびを生む。


「今だっ!」


 翼が体を投げ出してボールを奪い、即座に前線の空へパス!


 空は、そのボールをピタリと足元に収めると、グンッと加速した。


 成陵のDFが2人、すぐに寄せる。

 だが――


「抜く!」


 空は迷いなく仕掛けた。

 小刻みなフェイント。

 からだの芯だけをぶらさず、華麗にかわす!


「すげぇ……!」


 翔真が、思わず呟いた。


 


 ゴール前、空は一瞬だけ視線を走らせる。


 翼が、フリーで走り込んでいる――!


 バチィン!


 地を這うような低弾道クロス。


 翼が全力で飛び込む!


「うおおおおおおっ!!」


 ゴール右隅――

 ボールは突き刺さった!


 


 ドワァァァァァァ――!!


 ベンチが総立ちになる。

 空気が、一変した。


「ナイスゴール!!」


「いけるぞ、まだいける!!」


 陽翔が叫び、悠人が翔真に飛びつく。


 翼も、ゴールポストを抱きしめながら、叫んだ。


「っしゃぁぁぁぁぁぁ!!!」


 その隣で、空が小さく微笑んだ。


 


(俺たちは……まだ、ここからだ)


 湿ったグラウンドに、彼らの熱が滲みはじめる。


 雨はまだ降り続いている。

 だが、それすらも今は、彼らを押し流すことはできない。


 


──続く──

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