第3話『始動!青嵐リスタート』



 


 早朝。

 青嵐学園の空は、どこまでも高かった。

 ひんやりとした空気に、木々の葉擦れがさやさやと鳴り、グラウンドにはまだ誰の足跡もついていない。


 そんな静けさを破るように、ギィィィッ――と金網の門が開いた。


「うっわ、さっみぃ……」


 翼がジャージの袖を引っ張りながら、グラウンドに入ってきた。

 続いて、翔真、悠人、そしてキャプテン・陽翔が、手にボール袋を抱えて現れる。


「よし……今日から本格的に、動き出すぞ!」


 陽翔は、まだ濡れている土を蹴りながら、顔を引き締めた。

 その横で、悠人があくびをかみ殺し、翔真がボールを手のひらで軽く弾ませる。


「まずはアップからだ! グラウンド5周!」


「……やっぱそこからか……」


 翔真が呟くが、誰も逆らわない。

 この数日で、陽翔が本気だということを、皆が理解していた。


 


 スタートの掛け声とともに、部員たちは走り出した。

 カツ、カツ、とスパイクが土を蹴る音が重なる。

 小さな砂埃が後ろに尾を引き、朝陽がじんわりと彼らの背中を温めていく。


「っは……っは……!」


 息を整えながら、翔真が翼に並ぶ。


「お前、さっきから飛ばしすぎだろ……」


「空に負けたくねぇんだよ、俺は!」


 翼は奥歯をかみしめながら走る。

 その数メートル先、無言で走り続ける空の背中が見えた。

 ブレないフォーム。一定のリズム。

 まるで空気そのものに溶け込んでいるかのような走りだった。


(――あいつ……やっぱ、普通じゃねえ)


 翼は心の中で毒づきながらも、ペースを上げる。

 だが、距離は詰まらない。


 


 5周。

 吐きそうなほどの疲労の中、ようやく立ち止まると、陽翔がすぐさま指示を飛ばした。


「次! ボールコントロール練習! ペア組め!」


 バタバタと動き出す部員たち。

 空は、一瞬躊躇ったあと、翼の隣に立った。


「……やるか」


「……チッ、望むところだ」


 2人は無言で向き合う。

 ボールを軽く蹴りあう。

 パス、トラップ、またパス――リズムを作る。


 その隣では、翔真と悠人がコンビを組んで笑いながらやっていた。


「悠人ー! パス雑すぎ!」


「え、マジ? 今の絶対セーフでしょ!」


「セーフの基準甘すぎだろ!」


 冗談混じりの声が飛び交う中、空と翼の間には、張り詰めた空気が流れていた。


「……」


「……」


 翼の蹴ったボールを、空が完璧にトラップする。

 その動きに、翼は内心悔しさを募らせた。


(……負けねぇ。絶対に)


 


 ◆


 


 午前中いっぱい、練習は続いた。

 陽翔は汗だくになりながらも、誰よりも声を出し、走り、指示を飛ばしていた。


 休憩に入ると、皆が水筒をがぶ飲みしながら、ぐったりと地面に座り込む。


「キャプテン、マジ鬼……」


「なあ、今日もう帰っていいかな……?」


「ダメだ。午後は練習試合だ」


「はぁぁああああああ!?」


 部員たちの絶望的な叫び声が、グラウンドにこだまする。


 


 陽翔はにやりと笑った。


「でも、ちゃんとした試合じゃねぇ。三対三のミニゲームだ。好きなポジションで、やりたいようにやってみろ」


 それを聞くと、少しだけ空気が軽くなる。


「俺、FWやる!」


「オレ、キーパー!」


「いや、お前キーパー向いてねぇから!」


 ざわざわとチーム分けが進む中、空は静かに立ち上がった。

 そして、迷わず翼と同じチームに歩み寄る。


「……組むぞ」


「お、おう」


 翼は戸惑いながらも、頷いた。


 


 ◆


 


 小さなグラウンド。

 小さな試合。

 けれど、そこには本気の火花が散っていた。


「ナイスパス、悠人!」


「翔真、そっちカバー行く!」


「翼、抜けろ!」


 ボールが、土埃を巻き上げながら転がる。

 太陽は高く昇り、グラウンドをじりじりと焼きつけている。


 空は、ボールを受けると、軽く一瞬だけ顔を上げた。

 次の瞬間――


 ダンッ!


 爆発的な加速。

 DFを一人、また一人、置き去りにしていく。


「すげぇ……!」


 見ていた皆が、思わず声を漏らした。


 空は、ゴール前に走り込んだ翼に、スルーパスを出した。

 完璧なタイミング。

 翼は迷わずシュートモーションに入る!


 ズバァン!


 ボールはゴールネットを揺らし、土埃がぱっと舞った。


「よっしゃぁぁぁぁ!!」


 翼は叫びながら、拳を突き上げた。

 隣で、空がふっとだけ、笑った気がした。


「……ナイスゴール」


 ぼそっと、でも確かに聞こえたその声に、翼の胸が熱くなる。


(……やっぱり、こいつとなら……)


 


 どこかで、蝉が一声、鳴いた。

 まだ夏には早い、そんな季節の始まり。


 青嵐学園サッカー部――新しい物語が、今、確かに動き出していた。


 


──続く──

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