16話 見つけた


 ※


 階段の途中のことだ。


「さっきはすいませんでした」


 綾音が、唐突に誠に頭を下げた。


「頭に血が上って、あり得ないことをしました。懲戒解雇ものです。帰ったら橋渡さんに辞表を出します」

「ん? そこまでする必要あります? 全員無事だったんだし、いいじゃないですか」


 意気消沈する綾音に、あっけらかんと誠は言った。


「でも、自分を斬ろうとした女と、貴方は一緒に働けますか?」

「働けますよ。そういう話なら、俺は子供の時、母親に包丁で刺されてますけど、未だに節目節目で普通に帰ってますし」

「「……ハ?」」


 サラッと飛び出した激重の過去に、綾音とキララが愕然とする。


「いや〜、懐かしいなぁ。母さん、急に包丁取り出して、『アナタは生まれちゃいけない子だったんだ』って言って刺してきたんだよなぁ。慌てて父さんが止めてくれたからことなきを得たんだけど、あれは痛かったなー」


 まるで、懐かしいくもいい思い出だったかのように誠は語る。否、彼の中にいい思い出も悪い思い出もなく、全ては等価値なのだ。――ちなみに、誠は家族仲は良好みたいな言い方をしたが、そう思っているのは彼だけで、未だに実家に帰る度に、家庭にはとんでもなく重苦しい空気が漂っている。


「本当、慣れないです……」


 理解が追いつかなくて、頭を押さえる綾音。こればっかりは、「大変ですわね」とキララもライバルの側に立った。

 しかし、今の本題は誠の闇深い家庭事情ではないので、綾音は話を戻した。


「例え貴方が良くても、私が良くありません。これはケジメの問題です」

「水蓮寺さんは辞めたいんですか?」

「………そういうわけじゃないですけど」

「じゃ、辞めない方がいいですよ。今回のことは隠蔽しましょ隠蔽」


 おおよそ被害者側から飛び出すことのないワードで引き留めにかかる誠。そんな彼の様相に、綾音は力が抜けてしまったのか、


「じゃあ、もうそれで……」


 流れでなんか受け入れたしまう。


「ふう、よかった。危うく撤回してくれるまで付き纏い続けなきゃいけないところでしたよー」


 綾音、この数分間のうち二度目の愕然。


「ホントに大変ですわね……」


 キララがドン引き顔で、青ざめながら言った。




 そんなやり取りをしているうちに、階段は終わっていた。

 数時間ぶりに、三人は草原に降り立った。

夏に差し掛かって、大分明るい時間も増えたが、そろそろ夕暮れ時だった。


「うーん、流石に疲れましたねー。そうだ、打ち上げも兼ねて三人でご飯食べに行きません?」

「ダメに決まっているでしょう。まだ勤務中ですよ。戻って橋渡さんに報告しないと」

「えー、ちょっとぐらい遅れてもいいじゃないですか。なんだかんだ昼飯も食ってないし、お腹空いちゃいましたよ」

「ダメです!」


 強く却下され、チェと誠が唇を尖らせる。


「キララさんは?」

「私もお断りですわ。……お姉様がいるなら話は別ですが」


 キララに話を振るも、これもダメ。流石にアキラを今から埼玉に呼び出すわけにもいかない。


「ざーんねん」 


 どっちにもフラれてしまったので、今日は大人しく戻って、腹は途中でコンビニかどこかで弁当でも買って満たそうと考えた時だった。


 草原の奥に、誰かいた。


 性別は男。背中まで伸びたくせ毛気味の銀の長髪が特徴的な人物だった。顔立ちは中性的で、筋の通った鼻と切れ長の目は、さぞや女性ウケしそうであった。


 銀髪の男は、まるで三人を待っているかのように立っていた。

男は三人を見つけると、ニッコリと笑った。


――その瞬間だった。


 突然、綾音とキララがその場に膝を付いた。


 自らの意思でという感じではない。むしろ、誰からに無理やり上から押さえつけられといった具合だ。


「あれ? 二人ともどうしたんですか?」


 唯一なんともない誠が声をかけるも、二人は反応しなかった。ただ、呼吸は荒く、全身の毛穴という毛穴から冷や汗が溢れており、とても正常な状態とは言い難かった。


「すいませーん! どなたでしょうかー!」


 仕方がないので唯一なんともない誠が銀髪の男に声をかけた。


「僕かい?」

「はい! 今からそっちに行くんで、できれば免許証とか何か本人確認できるものを用意していて欲しいです!」

「ハハハ、職質というやつかな? 初めて受けるよ。しかし、困ったな。残念ながら身分を証明できるものは持ち合わせていないんだ。――ああ、でも名前ぐらいなら言えるよ。僕の名前は――」


 ダッ! と、男が名を明かそうとしたタイミングで、膝を付いていたはずの綾音が勢いよく駆け、そのまま刀を出現させて、袈裟斬りの方向で刀を振るった。

 斬撃が直撃する。焱獄鳥や幻蟲など、並み居る妖魔を斬り伏せてきた実績がある一撃。人間が耐えられるものではない。それを銀髪の男は、


「いきなり物騒だな」


 こともあろうに、片手で受け止めた。


「黙れ! やっと見つけたぞ!」


 眼球を血走らせながら、綾音は叫んだ。


「ぬらりひょん!!」


 その妖魔の名を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る