『談々誰過』
鳩鳥九
『談々誰過』~指~
コンビニに行ったら、指が落ちていた。
出血量は少なかった。お客さんは少なかったので深呼吸をした。
こういう経験は初めてではなかったから、目を瞑って周囲を確認する夕方。
袋麺が並んでいるところに異物がある。改めて床を見ると、少量の血が確認できた。
「あの、すいません」
何も返事は無かった。ただいま店員は品出しの対応をしておりますとの掛札があり
奥でアルコールなどの缶類を整頓していたため、応答する余裕は無いのだという。
この店のお客さんはボクだけだった。騒ぎも無く静まり返っていた。
「……」
ボクは夕ご飯の材料の買い忘れをコンビニで補充していただけだったのだ。
父と母にそう頼まれただけだったのだが、こんなところで指に遭遇するとは思わなかった。
ヤクザでは指を詰めるというペナルティーがあるということは知っていたけど
ここいら周辺の土地はそこまで無法な地であるということは聞いたことが無い。
「……警察? ……いやまず店員に……」
それにしたって店員が席を外している時間が異様に長いように感じた。
もう10分はレジに顔を出していない。まさかこの指は店員さんの物なのだろうか?
なんらかのトラブルに巻き込まれた? そもそもこの指はどこの、誰の指なんだろう?
「……うぅ、……」
監視カメラは……ついてる。起動してるかどうかなんてわかんない。
あとこの指は子供のものじゃない。大人だ。確証なんかないけどそんな感じがする。
しかし異様に出血量が少ない。まばらに赤が飛び散っているだけだ。
男性か女性かわからない。いやそんなことよりも……
「…………何指だ? 」
小指ではない。親指でもないし、確実に手の指だ。
人差し指か、中指か、薬指のどれかであることは確かだ。
妙な視線を感じる。寒気を覚える。悪寒という奴だろうか?
殺人犯のような人間が近くにいるのだとしたら
「あ、すいません」
「店員さん。あのっ、……」
スマートフォンの充電がたまたま、切れていた。
店内のBGMはいつもと同じだというのに繰り返しループ再生されているような
足が重い。ボクは指を凝視し過ぎたのか、フラついて、一度しゃがみこんだ。
家から出た時に充電は半分以上はあったはずだ。それなのに
「んん? あぁ、これですか? 」
「何かわかったんですか!? 」
「こちらで処理しておきますので、安心してください」
オレは慌てて状況を説明しようと店員さんの腕をぐっと掴む。
30代くらいの男性店員をスナック菓子のコーナーへ無理やり引っ張っていく。
相当パニックになっていたことだろう。オレは右も左も分からないまま
コンビニの床に、人間の指らしきものが落ちていて、細かい血の飛沫が
飛んでいることを説明した。
「安心しろだって!? 指が落ちてるんですよ? 」
「はぁ? それがどうかしたんですか? 」
「どうって……お客さんこそ、落ち着いてください」
なんだ? 犬のフンの処理か何かだと思っているのだろうか?
その30代くらいのコンビニ店員はややニヤついた真顔を崩さずに
その指を淡々と処理していた。これはどういう処理になるのだろうか?
死体遺棄ではないし、害獣の死骸の駆除を区役所に届けるのとは違う。
「ちょっと待ってくださいよ、雑巾で拭いて、ゴミ箱に捨てて終わりですか!? 」
「? なんですか? 」
死体ではないが、人間だったものの一部だ。
まだ自分の指を探している人がいるかもしれない。そう。そうだ。
誰かが死んだと決まったわけではないのだ。
猟奇なことではあるが猟奇殺人ではないかもしれない。
「あなたおかしいですよ。
誰かのニセモノや悪戯なのかも知れないですけど
それだって然るべきところへ通報した方が……」
「この前もしたんですよ、けど取り入ってくれなかったんです。
それだったら、もうオレみたいなフリーターが責任を持つことじゃねぇだろって」
フリーターだから倫理的な問題に責任を持たなくてもいいだって?
それは間違っていることなんじゃないか?
コンビニバイトだからって、日常に突然現れた異常な自体には
然るべき大人としての対応を……
「……この前? 」
「はい。……ゴミ袋の消費量が増えて、困ってるんですよね」
その店員は、清掃用のキッチンペーパーくらい厚いティッシュペーパーを取り出し
青色のバケツに放り込んだ。そのバケツからは水を含んだ何かの音がする。
「オレに何をしても無駄だと思いますよ。
何も知らないですし……バイトなんで……」
ボクは恐ろしくて、レジの奥のバケツの中身を見ることができなかった。
「管理人に問い合わせしてください。……最近よく出るんですよ」
11月の事だった。
「……指が、……ですか? 」
店員さんは俯いて、何も言わず
再び棚卸しの作業に戻っていった。
おしまい
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます