番外6―3

「いっ!くそっ!!」

 鈴木は激痛を堪え、掴まれた左腕を強引に引いた。

 恐らく、骨が折れたが、そのおかげでロボットの手との間に隙間が出来て、何とか引き抜くことができた。

 鈴木は銃を抜くと、迷わずロボットを撃った。

 だが、ロボットの金属製のボディに弾かれ、跳弾して明後日の方向へ弾は飛んでいった。

「ちっ!下手したら、跳弾して自分に当たるじゃねぇか。」

 鈴木はやむを得ず、撤退することにした。

 だが、その後ろをロボットが執拗に追ってくる。

 しかも、足はロボットのほうが速い。

「ダメだ!逃げきれん!」

 意を決した鈴木は、ロボットに追い付かれる寸前に振り返り、ロボットの顔面に銃口を向けた。

 狙うは、目の位置にある、視覚用センサーだ。

 ここはカメラのレンズになっており、比較的脆いのは、人体と変わらない。

 だが、ロボットも防御の為、鈴木の右腕を掴んでくる。

 こちらも折られるのは、時間の問題だ。

「往生しろ!」

 鈴木は何とか照準を視覚センサーに合わせると、発砲した。

 次の瞬間、ロボットは動きを止め、その場へ倒れ込んだ。

「はぁー……」

 鈴木は安心して、その場でヘタレこんだ。

 これまで遭遇した現場の中でも、最も命の危機を感じた瞬間だった。

「……できれば、AIの中枢は壊したくなかったが。」

 このタイプのロボットは、人間の脳と同じ位置に回路の中枢があり、そこを物理的に破壊すると、様々なデータの検証ができなくなる。

 咄嗟だったとはいえ、中枢に近い視覚レンズを撃ち抜いたので、もしかしたら検証は不可能になったかもしれない。

「まぁ、命には代えられなかったってことで、勘弁してもらうか。」

 鈴木はそうつぶやいて、スマホで応援を呼んだ。


「捜査の打ち切り!?」

 鈴木は思わず叫んだ。

 眼前には、上司の田中が座っている。

「ああ。上からそうお達しがあった。腕を折ってまで頑張ってくれたのに、すまん。」

 田中は三角巾で吊られた鈴木の左腕を見ながら言った。

「なぜですか?あのロボットが犯人なのは、明白だったでしょう?」

「……検証の結果、やはり頭脳中枢は弾丸で破壊されており、詳しい原因は不明となった。つまり、殺人に関わったという証拠もなくなったということだ。これにより、5件全てが捜査打ち切りとなった。」

 田中の渋い表情から、鈴木は事のあらましは察しがついた。

「ロボットによる殺人を、闇に葬るつもりですか。」

「……」

 田中は答えなかったが、その沈黙が事の次第を雄弁に述べていた。

 2000年以降顕著になった少子化傾向により、現在の日本はどこの産業も人手不足である。なので、今や作業用ロボットは社会の必須インフラとなっており、欠かすことができなくなっている。

 だが、この状況でロボットが殺人を犯すと報道されれば、間違いなくあちらこちらでパニックが起こる。

 少なくとも、経済的な打撃の大きさは、計り知れない。

「今回は、一体だけに起こったバグだろう。そういうことになった。」

「……くそ。」

 差し迫った状況だったとはいえ、中枢部を破壊したのは、失策だった。

 まんまとその状態を利用され、重大な事件をただの事故に塗り替えられてしまったのだ。

 事件は確かに解決した。

 だが、言い表せない敗北感が、鈴木の胸を埋め尽くしていた。

「表沙汰には出来ないが、君がやったことは、間違っていなかった。それは確かだ。」

 田中が珍しく、慰めのような言葉を口にした。

 田中も悔しいのだ。

「ありがとうございます。」

 鈴木は素直に一礼した。


 田中の部屋を出ようとした時、鈴木は再び声をかけられた。

「そう言えば、三日前に起きたヤマの容疑者の似顔絵だが、娘が完成させたから、広報に回覧させるから、そのつもりで。」

「ああ、わかりました。」

 鈴木が関わっている別の事件の話だ。

 こちらは真っ当な殺人事件で、犯人の目撃情報があり、それを元に似顔絵が作られたのだ。

 描いたのは、田中の娘。

 彼女は子供の頃から絵が上手く、ここ2年くらいは、こういう事件の似顔絵を描いてくれている。

 人手不足もここに極まれり、である。

 年は確か14歳のはずだが、本来はこんな子供にやらせる仕事ではない。

 実際、彼女も嫌がっているらしく、絵を使った別の仕事を目指し始めていて、父親である田中の頭を悩ませているのだとか。

「これこそ、ロボットにやってほしいもんだけどな。」

 鈴木は完成した似顔絵を見ながら、そうつぶやいた。

 そこでふと、鈴木はあることを思い出した。

『シンクロ率が高いと、創作を諦めることになります。』

 鈴木を襲ったロボットが口にした言葉である。

 結局、あの言葉の意味は分からずじまいだ。

 鈴木も田中も、この街に殺し屋のような人間が紛れ込み、それがロボットのAIをハッキングして、次々に事件を起こしていたのではないかと考えていた。

 だが、それにしてはあの言葉はおかしい気がする。

 田中の娘は最近、絵を描くサポートをするAIソフトを使っているらしいが、あのロボットの言葉は、その手のAIの助言や提案の言葉に似ていたと、連想で思ったのだ。

「……まさか、意図的に殺しをさせたわけではなく、別のプログラムに偶然接続されてしまって、たまたま殺人という形になったんじゃ……?」

 もしそうだとしたら、あの配送会社のロボット全体に、何かのプログラムが誤接続されている危険性がある。

 もし、そうだとしたら、またそのプログラムが動いた時に、別のロボットが動き出して……

「いや、やめておこう。捜査を打ち切るって言ったのは、上の連中だ。」

 田中に渡された、醬油顔の男の似顔に視線を移す。

「何が起きても知らん。次はこっちだ。」

 鈴木はそう言って、部屋を後にした。

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