創作論14:SDGsは現代の聖書
翌日。
ゆり子はラフを描き直し、背景も描き込んだ。
一応、昨日クリオリに指摘されたポリコレ表現を修正はしたが、増々想定していた内容とは懸け離れてしまった。
結局、同僚の一人をデブの大食いキャラにしてしまったし、同僚内2人を外国人に設定し直した。白人が1人、黒人が1人だ。
「今度こそ、引っかからないことを祈るわ。」
ゆり子はパソコンを立ち上げ、クリオリを立ち上げた。
『こんにちは、田中ゆり子さん。』
「こんにちは。ポリコレへの配慮はしてみたけど、一応チェックをお願い。」
『はい、お任せ下さい。』
ゆり子は修正した画像データを、クリオリのアプリに放り込んだ。
待つこと、3秒。
『残念ながら、この内容では、規制に引っかかる危険性が高いです。修正を推奨します。』
「……マジ?」
ゆり子は心が折れそうになった。
『はい。ポリティカル・コネクトネスは順守されていますが、その修正の過程でSDGsの思想に反する表現が逆に出来てしまっています。』
「SDGs……?って、なんだっけ?」
これまた、学校で習った気はするが、興味がなかったのでよく覚えていない。
『SDGsとはサステナブル・ディベロップメント・ゴールズの略で、日本語では持続可能な開発目標という国際目標です。2015年に国連総会で採択され、それ以降社会の様々な場所でこの目標が適用され、今や創作物を含む社会全体の鉄則となっています。』
「あ~、思い出した。17個くらい目標があるんだっけ?」
授業でしつこく言われていたので、内容は覚えている。
1.貧困をなくそう
2.飢餓をゼロに
3.すべての人に健康を、福祉を
4.質の高い教育をみんなに
5.ジェンダー平等を実現しよう
6.安全な水とトイレを世界に
7.エネルギーをみんなに、そしてクリーンに
8.働きがいも、経済成長も
9.産業と技術革新の基盤を作ろう
10.人や国の不平等をなくそう
11.住み続けられるまちづくりを
12.つくる責任、つかう責任
13.気候変動に具体的な対策を
14.海の豊かさを守ろう
15.陸の豊さも守ろう
16.平和と公正をすべての人に
17.パートナーシップで目標を達成しよう
「……だったっけ?」
『それは17の目標です。達成基準は169あります。』
「169!?そんなにあるの?」
どうやら、学校で習ったのは概要だけだったらしい。
『はい。更に指標が232あります。』
『232!?』
『はい。その232の指標を全て満たしていなければ、規制の対象になります。』
「232……」
ゆり子はがっくりきた。
最早、不可能にしか思えない。
『田中ゆり子さん、その為にクリエイティブ・オリジナリティはあります。』
クリオリはそう言った。
「……そうだね。」
ゆり子は顔を上げた。
そうだ、昨日もう少しがんばると決めたところなのだ。
「で、何が引っかかるの?」
『まず、ラフにいくつか背景が描き足されていますが、2ページ目2コマ目にトラックが描かれています。形式からして、古い型のディーゼル車と思われますが、これが“ターゲット3.9指標3.9.1及び指標3.9.3”に抵触する危険性があります。電気自動車やハイブリッド車に描き替えるのを推奨します。』
ゆり子は条文を検索した。“2030年までに、有害化学物質、ならびに大気、水質及び土壌の汚染による死亡及び疾病の件数を大幅に減少させる。”“家庭内及び外部の大気汚染による死亡率”“意図的ではない汚染による死亡率”とある。
「……何の暗号よ。」
ゆり子はタブレットで描き直す。
『次に、前回の修正で主人公の同僚が肥満体形となりました。』
「それはそっちの指摘でしょ?」
『それ自体は問題ありません。しかし、この同僚キャラクターが、基礎的な計算や簡単な感じを間違える描写があります。』
「まぁ、太らせたらバカっぽくなったから、面白くなるかと思ったんだけど。」
『これは“ターゲット4.6指標4.6.1に抵触する危険性があります。』
「え~?何で?」
調べてみると、“2030年までに、すべての若者及び大多数(男女ともに)の成人が、読み書き能力及び基本的計算能力を身に付けられるようにする。”とある。
「成程、2060年を舞台にした物語で、おバカはまずいってことね。」
『その通りです。因みに、現実には2060年現在も、この指標は達成されていません。』
「じゃあ、いーじゃん!」
ゆり子は喚きながらも、修正した。
『次に、6ページ目7コマで、主人公の上司が“結婚が早かった”と述べるシーンがあります。これは、“ターゲット5.3指標5.3.1に抵触する危険性がありあます。』
条文は“未成年者の結婚、早期結婚、強制結婚及び女性器切除など、あらゆる有害な慣行を撤廃する。”とある。
「……女性器切除なんて、えぐい描写してないけど?」
『そうではなく、早期結婚が抵触します。』
「ああ、なるほど。それもダメなのか。」
ゆり子はセリフを修正する。
『これは抵触するかはギリギリですが、10ページ目の会社の業績が傾く描写が“ターゲット8.8”に抵触するかもしれません。』
「ええ?ストーリーの根本がひっくり返るんだけど……」
調べてみると、“移住労働者、特に女性の移住労働者や不安定な雇用状態にある労働者など、すべての労働者の権利を保護し、安全・安心な労働環境を促進する。”とある。確かに、描写としては、微妙なところだ。
『会社が倒産しないよう、もう少し希望が持てる状況にすれば、盤石かと考えられます。』
「ハラハラ感がなくなるけど、仕方ないのか……」
ゆり子はぼやきながら修正する。
『次に、1ページ目7コマ目の道路に、ひび割れの描写があります。これは“ターゲット9.1”に抵触する可能性があります。』
調べてみると、“すべての人々に安価で公平なアクセスに重点を置いた経済発展と人間の福祉を支援するために、地域・越境インフラを含む質の高い、信頼でき、持続可能かつ強靱(レジリエント)なインフラを開発する。”とある。
「田舎の道路の年季を表現したかっただけなんどなぁ……」
ゆり子は道路を綺麗なものに描き直す。
『次に7ページ3コマ目に、路上で寝ている人がいます。これは“ターゲット11.1指標11.1.1”に抵触する危険性があります。』
調べてみると、“2030年までに、すべての人々の、適切、安全かつ安価な住宅及び基本的サービスへのアクセスを確保し、スラムを改善する。”“スラム、インフォーマルな居住地及び不適切な住宅に居住する都市人口の割合”とある。
「別に、ホームレスってわけじゃなくて、単に路上で酔い潰れてるだけの人なんだけど。会場が繁華街にあるのを説明セリフなしで表現する為に、わざわざ描いたんだけど。」
『描写としては、ホームレスか否かが判別が出来ません。ホームレスに見えてしまう描写は、回避を推奨します。』
「ホームレスじゃないんだってば……」
そう言いながら、ゆり子はその部分の背景自体を消した。
『次に2ページ5コマ目に、道端にゴミが捨てられている描写があります。これは、“ターゲット12.5”に抵触する危険性があります。』
「ポイ捨ても許されないのね。」
条文は“2030年までに、廃棄物の発生防止、削減、再生利用及び再利用により、廃棄物の発生を大幅に削減する。”である。
「これも、2060年時点で達成されてないとまずいってわけね。現実には結構、ごみのポイ捨てされてるけど。」
仕方なく、ゴミを消す。
『次に街の描写ですが、建物の描写はあるものの、植物の描写が殆どありません。これは、“ターゲット15.1指標15.1.1”及び“ターゲット15.2指標15.2.1”に抵触する危険性があります。』
調べてみると、“2020年までに、国際協定の下での義務に則って、森林、湿地、山地及び乾燥地をはじめとする陸域生態系と内陸淡水生態系及びそれらのサービスの保全、回復及び持続可能な利用を確保する。”“土地全体に対する森林の割合”“2020年までに、あらゆる種類の森林の持続可能な経営の実施を促進し、森林減少を阻止し、劣化した森林を回復し、世界全体で新規植林及び再植林を大幅に増加させる。”“持続可能な森林経営における進捗”とある。
「木とか草描くのが苦手だから、避けたんだけど……」
ゆり子は木や草を、背景の所々に描き足してみたが、画力が低いせいで、原稿全体のレベルが下がったような気がした。
「で、次は?」
『以上です。』
「えっ?マジ?」
指標が232もある割に、意外と指摘は少なかった。他の条文を読んでみると、子供と女性の権利を謳ったものがかなり多いので、子供と男性の描写を丸ごと削ったのが、指摘を減らすには効果的だったらしい。
ゆり子としては、不本意だが。
「逆に訊きたいんだけど、この内容で“ターゲット16.b”の“持続可能な開発のための非差別的な法規及び政策を推進し、実施する。”に抵触しないの?」
『はい、抵触しません。』
「SDGsって、凄いんだね。感心するわ。」
ゆり子はパソコンの電源を落とした。
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あとがきのようなもの↓
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