創作論10:スポーツに勝敗など存在しない
翌日。
次のページのラフが出来上がった。
今回は、4ページと5ページの連続で、会社の懇親会でバレーボールをしているシーンである。
「スポーツやってるシーンなら、問題ないでしょ。」
2060年現在も、スポーツ文化は隆盛を誇っている。
数少ない裕福な親は、子供に様々なスポーツをさせ、テレビを点ければ、スポーツ中継を常にどこかのチャンネルが放送している。
しかも、男性が規制であまりテレビ映らなくなって久しいが、スポーツだけは別であり、男性のスポーツ中継も普通に放送されている。
この辺りから、規制と利権の微妙なバランスが見て取れるなぁと、ゆり子は常々思っている。
因みに、漫画を描いているゆり子はインドア派で、スポーツには丸っきり興味がない。なので、学校の体育や運動系の部活及びそれの所属している人間が苦手なタイプだ。
なまじ、運動神経がいいだけに、未だに運動系部活動に所属している同級生からの勧誘が酷く、ゆり子は辟易している。
とはいえ、規制だらけの創作の世界で言えば、スポーツ描写は規制に引っかからない、強い味方だ。
ゆり子はパソコンを立ち上げると、いつものようにクリオリを起動させた。
『こんにちは、田中ゆり子さん。』
「こんにちは。今日は3ページ目と4ページ目続きだから、一緒にチェックをお願い。」
『はい、お任せ下さい。』
ゆり子は画像データ二つを、纏めてクリオリのアプリに放り込んだ。
待つこと、3秒。
『残念ながら、このページは、どちらも規制に引っかかる危険性が高いです。修正を推奨します。』
以外にも、NGが出てしまった。
「ええ!?スポーツって描写しちゃダメなの?」
ゆり子は吃驚しながら尋ねた。
『いいえ。スポーツは健康上も経済上もメリットが大きい為、スポーツの振興は政府も推奨しています。同時に、創作物でのスポーツ描写も推奨をされています。』
「じゃあ、何がダメだったの?」
『4ページ目の4コマ目に得点版の描写があります。また、5ページ目の10コマ目で、片方のチームが勝利した描写があり、これらが規制の対象となります。』
「はっ?どういうこと?」
ゆり子にはイマイチ意味がわからない。
『スポーツそのものは推奨されていますが、それで勝敗や順位がつく描写は規制の対象となります。これは漫画だけでなく、映像作品等でも同様です。』
「えー!?スポーツなのに、勝敗をつけちゃダメなの?」
これは意外な指摘だった。
『はい。スポーツでの勝敗は、勝者に自信や満足心を与えますが、敗者には屈辱や強烈な劣等感を与えます。これが、教育上よくないとされており、子供の目にも触れる創作物全般で、スポーツの描写はあっても、勝敗をつけないようにするという配慮がなされています。』
「マジで言ってんの……?」
確かに、小学校時代も今の中学校も、運動会はあるものの、勝敗がつく競技はやっていない。徒競走などは、みんなで手をつないで、仲良くゴールするのが当たり前だ。
それが普通だったので、運動会や体育の授業とは競う競技をしないものだと思っていたが、どうやら昔はそうではなかったらしい。
『2040年頃までは、学校教育での運動会や体育の授業では、競争性のある運動が推奨されていました。しかし、競争性のある競技では、どうしても子供達の間で身体能力の差がでてしまい、それがいじめや、校内でのカーストの生成に寄与してしまうという側面があり、戦後間もなくから問題視はされていました。そこで、2000年代から、主に幼児教育の現場で競争性のある競技を運動会から除去しようという流れが出始め、それが次第に学校教育にまで派生して、2040年には運動会や体育の授業から、競争性のある競技は消えることとなりました。』
「へぇ~、そんな歴史が……いや、ちょっと待って!」
ゆり子は慌てて話を止めた。
『どうしましたか?』
「今回描いてるのは、学校じゃなくて、職場よ?それでも、バレーボールの勝敗の描写したらダメなの?」
『はい。読者には子供や未成年も想定される為、やはり勝敗の描写は、規制の対象になると考えられます。』
「待って待って!子供や未成年が云々とか言うんなら、中学と高校の部活はどうなの?普通に野球とかサッカーとか、今回描いたバレーボールとかが部活としてあるし、試合もあるよ?」
ゆり子の中学でも、スポーツ系の部活は盛んである。
『中学以降は精神面の発達がある程度なされており、競技における勝敗が精神的に悪影響を及ぼす危険性は低いと判断されています。また、運動系部活動におけるきつい練習や試合体験は、人間関係や辛抱強さ、礼儀などを学ぶには、教育的に非常に優れているとされており、親達の要望も強く、なくすことが出来ないとされています。』
「じゃあ、テレビでオリンピックとかワールドカップが中継されてるのは?子供も見るよ?」
『政府としては、親に子供に見せるには配慮するよう、求めています。』
「それだけ?」
『それだけです。ある専門家によると、テレビやネットにおけるスポーツ中継やスポーツ振興は、莫大な経済効果を持っており、これを損なうことは事実上出来ないという、裏事情もあるとされています。』
「めちゃくちゃ、大人の事情じゃん。だったら、創作物も規制しなくていいでしょ?」
ゆり子はあからさまに不満を述べた。
『特に教育業界では、競技スポーツによる子供達の格差は、相変わらず問題視されており、一部で競技スポーツのテレビ放送やネット中継を止めるよう、要望する声もあります。ですが、前述の通り利権が莫大な為、止めることは現実的ではなく、せめてもの政策として、創作物に規制をかけたという流れとなっています。』
「はぁ?何それ?」
思わずゆり子は声を荒げてしまった。
「そんなの、反発が少ないところを規制して、お茶を濁してるだけじゃん!気に食わないんだけど!」
『個人の意見はどうあれ、規制は政府が決めているものであり、逆らうことは許されません。』
クリオリからは、冷たい返答しかこない。
「あーもう!これだから、スポーツとか、それを信仰してる人間は嫌いなの!結局、スポーツやってない人間が割を喰う形になるし。何の為に運動会をみんな仲良しにしてるんだか!」
ゆり子は不機嫌そうに言い捨てた。
『多少の社会的な問題はありますが、スポーツそのものは、心身の健康を保つ為には、非常に有効な手段と考えられます。田中ゆり子さんも、スポーツを毛嫌いせず、一度試してみてはいかがでしょうか。』
「うるさい!あんたはこっち側の人間のサポートするアプリなんだから、スポーツしてる陽キャの味方すんな!」
ゆり子はパソコンの電源を落とした。
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