第十三話 不思議の誘惑。
がづんっ! と重く湿った音を立ててピッケルが頭部にめり込み、オオネズミは即死した。
慣れてきたからというのもあるが、やはり見えない部分でレベルアップ的な事が起こっているのだろう、一人でも楽に駆除できるようになっている。
達己は勿論、千金に至っては小型のピッケルで的確に頭を貫いているのだから。
調子が良いと運気も上がるのか、今日は既にスキルプレートも五枚集まっている。
ついこの間までは監督をしてくれている あるあに調べてもらっていたのだが、今では手に持っただけで何となく分かるようになっていた。
因みに内訳は、《水作成:2》二枚、《水の矢:1》二枚、《強酸:1》一枚だ。
件のオオネズミを駆除するとどういう訳か《水》に関するスキルが良く手に入る。こんな見た目で水属性だというのか。
《水作成:2》はレベル2のプレートの事で、これを一枚使用すると約10ℓの水を生み出せるプレートであるという。
僅か10gもしないプレート二枚で20ℓ。スキルは質量保存の法則すら越えているらしい。
《水の矢》は何と攻撃用のプレートで、使用すると拳大の水の塊が矢のように射出されるというもので、ダメージ数値など不明だがこのジョセフオオネズミ程度の害獣…第三類の相手であればほぼ一枚で倒す事が出来るらしい。
因みに、今日までこのプレートも何枚か拾ってはいるのだが、勿体なく思えてまだ使用した事はなく、全て交換している。
所謂、ラストエリクサー症候群―勿体なくて結局最後まで使えない―というやつだ。
《強酸》は、ちょっとややこしい。
分類的には《強酸:第三類》となるだろうこのプレートは、使用すると強い酸を出す事が出来る――と思われそうだが、実はこれは木材専用の融解剤で、人間の生体にはほぼ無害(体質によっては肌が負ける程度)の代物。何故かリモネンに似た揮発性の臭いがあるので頭痛くらいはするようだが。
木工建築材料などで使われている為、やはり同量の塗料かボンドくらいの値で交換できる。
大体、この五枚で1~2万にはなる。
意外に安いと思えるが、その取引価格の安さ故に生活に深く馴染んでいる事が知れるというもの。
「ありゃ、出ませんでしたね。」
「ここまで上手くポンポン出たんだから、そりゃ渋くもなるって。」
「次、私ですね。出たら夕飯お肉にするぞ。」
ふんっと胸を張って気合を入れる千金。
可愛い目標だが堅実だ。
達己もそうだが、与えられた生活費は使わせてもらっているが、こういった駆除報酬はほぼ全て貯金に回している。
驚いた事に金融システムは既に回復しており、地方銀行がメインとなっているものの、今の自分らのような根無し草であろうと後見人がいれば口座が作れるだから有り難い。
ついでに言えば金利も―前の時代に比べて―少々高くなっていた。これが地味に嬉しかったりする。
「女の子なんだから身嗜みもの分も残そうね。」
「分かってますって。
でも支給品との相性がいいもんだからあんまり必要ないんですよね。」
「確かに石鹸も泡立ちいいんだよなぁ……。
とと、鹿ノ内さん。右前方5m。木の根方。」
「えぇと……あ、いたいた。」
スキルの成長もまずまずといったところ。
さほど意識せずともON/OFFの切り替えができるようになってきているし、何より細かな距離感が掴めるようになっているのも興味深い。
「えいやっ!」
片手持ちの小さめなピッケルではあるが、そこはそれ対害獣戦闘用。鋭く硬い先端は容易く上あごを貫通し、下顎ごと地面に縫い付けた。
ぴぎゆっと、縫い付けられた上下の顎の中で断末魔の潰れた声がしたが、彼女は左程も気にしていない。実に頼もしいと思う。
尤も、片手持ちの戦闘用ピッケルは確かに鋭いのだが、ピックの部分が細身である為、死が全身に行き渡るまで多少時間がかかってしまうという難点もあった。
「こんなところはホントに虫だなぁ…。」
「頭無くしても走り回るゴキブリ思い出すよ。」
呑気な会話をしているが、千金はオオネズミの動きにずっと注意を払っているし、達己は周辺に別の何かが潜んでいるか探り続けている。
二人とも確殺できるようになっているのに、警戒を解かず油断をしていないのだ。
因みに今日、
この二人を見守る必要はないと判断された事もあり、あの二人――風馬と花梨の方に回っている。
四人が集められて話を聞いてから一週間。
ようやくと言うか、早くもというか車椅子の生活から脱却した二人は、駆除実習を行っている。
風馬は兎も角、花梨もさくさくモグラモドキをぶっ刺しているのは少し意外だったが、
「実家の畑荒らしまわるモグラ思い出したらこう、イラっとして……。」
との事で、わりとノリ良く駆除が進んでいるらしい。
「かわいそーとか、ほざかれなくて良かったです。」
そう言って、あるあはやや暗めな笑顔を浮かべていたのが印象的だった。
どうやら今の時代。変な環境保護団体や妙な動物愛護団体とかは絶許対象らしいく、意識調査でその思考が入っている帰還者は完全に別の支所に送られてそこで教育を受ける事になるという。
「や、お陰で静かになって良かったです。」
等と千金も笑顔だったので、結構イラっとなる言動を放っていたのかもしれない。
兎も角、あの二人が同じ研修を受けるようになるまでは、千金と二人で何時もの駆除実習を続ける事となった。
というのも、桂から持ち掛けられた提案である『環境探索人』という仕事に四人とも強い興味を持ったからだ。
ダンジョンを活用しつつこれ以上の浸食を許さないようにするという命題の下、世界はその統一した意識で抗い続けている。と、思われる。
そして他国の現在等はほとんど不明ではあるが、日本は何とかダンジョンと共存して生活を安定させる事に成功を果たしていた。
だが、生活基盤こそ回復させる事に成功してはいるが、発展に関しては依然として足踏みを続けているままであり、例えば原油プラントとなっている都庁ビルは第三階層までは完全踏破してはいるものの、第四階層があるのか、またそれ以上の階層はあるのかすら不明となっている。
比較的安全なダンジョンは、あくまでも比較的というだけであり、全てを知るにまで至っていないのが現状なのだ。
かと言って、調査隊を組んで回せるような人員はない。
一度環境災害が起これば全力で対処せねばならない上、確認されているスキルホルダーの大半は戦闘職のそれであり、お世辞にも調査向きとはいえないのである。
斥候向きの能力者もいない訳ではないが、その能力の貴重さから其々が自衛隊なり警察なりで重職にあっておいそれと借りて来る事も叶わないのだ。
はっきり言って、どこも現状維持が精一杯なのである。
しかし、それが帰還者なら話は別だ。
良くも悪くも縦割り社会の枠に入っておらず、これまた良くも悪くも信用が無い。
海外で帰還者の仕出かしが伝聞によって針小棒大に伝わった事により、自衛隊と警察の両方― 一部、環境省含む ―から白眼視されがちなのである。
偏見が過ぎるとは思うが、
そして実際に、事件や騒動を起こして印象を最悪なものにしている。
日本の場合は帰還者案件がまず少数であった事と、危険思想に染まる者がそんなに出ていなかった事が悪印象の妨げてくれていた。
無論、悪手に走る者がいない訳ではないし、現代人のスキルホルダーとて悪事に走る者だっている。
その為に犯罪から距離を置いている世間より、組織の方が疑ってかかる傾向にあった。
環境保安部はそれを逆手にとって
――尤も、その選別から零れ落ちる様な悪列な輩はそれ相応の部署なり施設なりに引き渡す事も無きにしも非ずであるが。
話は逸れたが、そういった無駄無用な攻めぎ合いも含め、人類側は既に現状の守りに入ってしまっており、再開拓はこの半世紀もの間殆ど進んでいないのである。
その人の手が及びきっていないダンジョンに踏み込めるという。
例え絶対的外来種と出会ったとしても無理に戦う必要はない。
無論、モノによっては速やかなる対処が必要であるが、第一類クラスの巣を発見したとすれば攻撃するよりまず報告だろう。
細かな計測は出来ずとも、大まかにでも生態配置が分かっているかいないかで今後が大きく変わってゆく可能性があるのだ。
それに達己は元々ウォーキングが好きだった。
彼の場合、正確にはトレッキングが近いのだが、弁当を用意してただ意味もなくひたすら歩きで遠出をする事を楽しむ人間だったのだ。
家で起こったゴタゴタによってそんな時間は捨て去ざるをえなくなり、ずっと仕事に忙殺させられていたが、そんな忌まわしい軛から解き放たれている今、眼前に提示された仕事内容は彼にとって大きく魅力的に映るものであった。
千金はというと、最近の少女らしからぬ所があり、「じゃあ、ダンジョン内ではビバークですねぇ。」と意外なほど乗り気である。
「田舎育ちな事もあって人口密集地より、山が好きなもので……。
事故に遭うちょっと前まで山でソロキャンしてました。」
何でもGWの間中、山に分け入って野外生活を堪能していたそうな。
しかし話をよく聞いてみると、それはキャンプというよりサバイバルに近いのでは? と首を傾げてしまった。
しかし達己はそんな疑問を口には出さず「へぇ…。」と感心して見せている。デリカシーは大事なのだ。
兎も角、今のところこの四人で組む事になりそうだと思われる。
達己の光源を必要としない知覚能力や、いざ怪我をした場合の速やかな血止めができる千金の能力は勿論として、風馬と花梨に目覚めたスキルが、サバイバルの難度を下げるのに役に立つという事が大きい。
何しろ風馬の能力は《水操作》で、花梨のスキルは《風使い》である。
彼のこの《水操作》は何が凄いって、殆どリスクなく水を作成できるのだ。
一日に使用できる回数が現在四回。リスクは回数だけなので気軽に使用できる。
本人が蕎麦を打っていたからか水に対する拘りが関わっているのか、軟水硬水も自在であり、一回の使用につき5ℓの水を作成できて自在に操る事が出来るというのは大きい。
どうでもよい事だが、最初に拾った《水作成:1》のプレートが二千円だった事もあって、『八千円がタダになった!』と千金がはしゃいでいたりする。風馬達には意味不明だったが。
そして花梨の《風使い》の方は、サブカルチャーにおける風使いが近い。
何しろ空気を読んで気配を探ったり、一定のエリアを真空状態にすると言った事ができるというのだから。
尤も、流石に真空の刃を飛ばすといった特異な芸当は不可能で、指定した場所に空気の断層を作ってカマイタチを起こすという方法しか取れないらしい。それでも十二分に凄いが。
こちらは特に制限なく使用できるらしいが、一定のエリアの空気の流れを変えるとか、突風を起こすといった力押し的な事は相当に力を使うようで、一度使用すると精も根も尽き果ててしまうらしい。
だが、環境保安部としては風馬にしろ花梨にしろ戦闘力云々を求めているのではなく、ダンジョン内の水場の使用ができるか否か、空気に有毒性があるかないかを確認できるという事に着目している。
成程。確かにこの四人であれば実に探索向きだ。
道中では生体の存在をいち早く察知できるし、怪我をしても治療をし易く、環境の有益不利益も確認しやすい。
少々楽観視が混じってはいるが、後はもう少し全体のフィジカルな面のサイバビリティが上がれば言う事なしと言えよう。
だが、こうまでマッチングされていると「探索人になってみてはどうか?」という提案どころではなく、「探索人になってくれませんかね(迫真)?」という強い期待すら感じる。
先日の話を聞いただけでも分かるのだが、確かに復興はできているし生活の安定も何とかなってはいる。
しかし実質、この半世紀の間世界は停滞しているのだ。
手の届く範囲だけ安定させられはしたものの、それは水槽や箱庭の中と同じで、何かのバランスが崩れるだけで瓦解してしまうような砂上の楼閣での生活である。
達己は、昔流行ったビーチワールドを思い出していた。
水と少量の空気、目に見えないバクテリア、光合成によって育つ藻、小さなエビによって環境を成り立たせているガラスの玉だ。
何か一つでも欠ければあっという間に滅びてしまう儚さを見て、感心するより不安になったものである。
「そういえば十七夜さん。
桂さんから話持ちかけられた時からエラく乗り気でしたね。」
ふいに千金が声を掛けてきた。
「ありゃ? 顔に出てた?」
「いいえ。何となくそう感じたもんで。」
「ははぁ…。」
やはりこの娘、よく人を見てるなぁと感心する達己。
「そういう鹿ノ内さんも、ビックリはしてたけど興味津々だったよね?」
「え゛? 顔に出てました?」
「うん。それはもうハッキリと。」
「わぁ……。」
頬を抑えるように恥じ入る少女。
初期の頃から比べて大分打ち解けられたなぁと我が事ながら感心する。
まぁ、人の事は言えないのだが。
「何ていうか、こうやって近場の林とかでも分け入って作業とかしてると、妙に楽しいんだよね。
いや駆除云々じゃなくて、こう…。」
と言い掛けて言葉に詰まる。
が、千金はそれでも相槌を打ってくれた。
「あぁ、何となく解ります。
知らない場所を調べてくのが、こう、探検というかそんな感じでワクワクするというか。」
「そう、それ。
言葉にするの難しいなぁ。」
等と照れて頭を掻きつつ達己はオオネズミを感知すると、ウォーピッケルを握りしめて自分の番だと茂みに入る。
両手で振り下ろしの一閃。狙い違わず脳天に がづっ! とピックが突き刺さり、鈍い唸り声のような断末魔を零しつつ絶命するオオネズミ。
塵になって消える寸前、僅かの間だが血の臭いは感じる。
やはり獣臭混じり血液の臭いで、とてもじゃないが虫のような生態とは思えない。
だがそれでも生体として存在しているのだ。
こんな蓋をされて閉じ込められた世界だが、こんなにも不思議がぶち撒けられている。
「お、プレート出たよ。」
そしてこのスキルプレートという謎の物質は能力すら与えてくれるのだ。
「わっ、やりましたね! おゆはんのグレード上げましょう!」
「はは……ん?」
ひょいと拾い上げたプレートは何時ものものではなく、蒼の色合いが強い物だった。
そして何時ものようにプレートに意識を向けると、凡そ何のプレートなのか分かるのも不思議な事であるが。
「どうかしました?」
「はは……《浄水》だってさ。能力付与プレートだよコレ。」
「マジっスか?!」
お誂え向きにも程がある。
ぴょんこぴょんこ跳ねて驚く千金を見て、達己はへらりと楽しげに笑った。
ああ、確かに世界は不思議で満ちているな、と。
融通の利かない角張った世界は失われたが、その代わりに奇妙な柔軟さを抱える不思議な世界。
ダンジョンという新天地のシビアさと広さを目で見て肌で知れる。
そんな権利をもらえるのはある意味、とても贅沢な話ではなかろうか?
プレートの有用な使い道を一生懸命考えている千金を眺めながら、達己はまた笑みを深めるのだった。
――余談だが、この《浄水》プレートはそこそこの値になるようだったが、今後の事を考えて相性の良さそうな風馬に進呈した。
当然、ものすっごく感謝感激してもらったのだか、スキンヘッドのオッサンが千金と同じように跳ねて喜ぶ様を目にしてしまい、先ほどとのビジュアルの落差に達己は眩暈がしたという。
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