第六話 人は得物を無くし、牙を得る。
スキル。
所謂、
はっきり超能力と言ってしまっても差支えは無いだろう。
二人は最初、この話を聞いた時には耳を疑った……というより、何かの冗談か揶揄われているのかと思った。
少なくとも自分らが生きてきた世界ではそういった超能力的なものはフィクションの産物であり、その呼び名すらほぼ死語のようなものとなっていたのだから。
しかしこの
その内容や扱い方も、二人が知るゲームによくあった特殊能力そのままだ。
余りにもサブカルチャーそのまま過ぎて達己らにとって現実味が薄く、説明を聞いた後でもやはり半信半疑だった。
しかし、実際に己の能力を体験させられてしまうと嫌でも納得せざるを得ない。
明らかに以前ではできなかった能力であり、且つ"超"能力だと思わざるを得ないものだった。
尤も、二人が発現した能力が攻撃的なものではなかった為、ホイホイ試せた事が大きかった訳だが。
何しろ分類的には通常の外側に当たる能力だ。物によってはかなり攻撃的で危険ななものも結構あり、その場合の扱いも相当気を使わなければならないらしい。
そんな能力であるというのに一般人でも稀に覚醒したり、許可証こそ必要であるがある行為を行う事によって後天的に習得する事も出来てしまうほど身近なものであったりする。
だが、この超能力。ほぼ確実に能力に覚醒してしまうケースがあった。
それは帰還者であった場合だ。
例えばこの世界に生きている人間の場合、胎児の内に件のC粒子が何らかの理由で体内にある程度留まりそのまま安定してしまうと、第二次成長期辺りで力に目覚める事がある。
これが先天的な能力者だ。
この世界では現在例の粒子がそこらに漂っている為、大体の者は生まれる前から粒子が充満する中で生活している事となる。
そんなありふれている気体物質が偶々留まって偶々安定してようやく能力に覚醒させる訳だから、先天的能力者の数は"稀"で済んでいるのだ。
しかし帰還者の場合は、件の粒子が全くない環境から突如として高密度環境に出現する訳なので、乾いたスポンジが水を吸い上げるが如く粒子を取り込む事により、否応なく何かの力に目覚めてしまうのだという。
尤も、凡その理屈は判明しているのだが、何故そんな超常現象を起こせる力に目覚めるのかは相変わらず不明のままだ。
飽く迄も前例がずっとそうだからという経験則と実績の積み重ねからそう捉えているに他ならない。何しろ未だ研究課題が尽きていないのだから。
兎も角、良きにつけ悪しきにつけ帰還者は何かしらの力を持ってしまい、その力でもって国に貢献したり……国を巻き込んだ騒動の元となったりしていた。
だからこそ、彼らの班分けも慎重に行われているし、あえて達己と千金のペアのままなのだが。
それで肝心の達己のスキルというと――。
「十七夜さんのはエコーロケーション的な知覚能力でいいんだよね?」
「はぁ、多分…ですが。」
現在の彼は、目を瞑っていても周囲の環境が手に取るようにわかるようになっている。
例え星明りもない漆黒の闇の中であろうと半径10m周囲の様子が完全に把握できるようになっていたのだ。
岩の表面の細かい凸凹やら、木の葉の葉脈は勿論、壁に貼られたポスター等は無理だとしても、ペンキを塗った看板の様な塗料の微細な凸凹を判別し、何が書かれているのかも分かってしまう。
大雑把に位置の確認をして個体を特定し、その個体に絞れば真横で観察しているかのように状態を把握し更には追跡調査も可能だという。
尤もそれは超細かい判定が出来はするがやはり
例えばガラス張りの大窓があったとしても、それが透明なガラスなのかただの壁なのか判別がつかないのだ。
極めればかなり強力な索敵能力となるであろうが、対象の状態を更に細かく認識するにはやはり慣れと鍛錬が必要だという事であろう。
それでも一個体に集中すれば、温度もある程度分かるようなので、現状でも斥候として十分使える能力だといえる。
「色が分かるんだったら覗きに使い放題だったのに残念ねぇ。」
「高確率で変な疑い掛けられて常に警戒されると思うんで、今のままで良いです。」
正直なところ、現在ですら道を歩く人のスカート中を認識する事など造作もない。
だが、能力を使った時に彼の知覚能力に映る景色は、例えるならスケッチブックに画かれた風景画の下書きだ。
何しろ彼の近くに映る光景には色と影が無いのだ。下手したらそこらのラクガキの方がマシまである。
妄想力性欲旺盛な十代の頃ならいざ知らず、変なフェチズムも無く、すっかり
精々、夜中にトイレに起きた時、真っ暗でも電気が不要だから便利という現状のレベルで十分だ。
「千金ちゃんのは前に確認したまま――。」
「はい、やっぱ『血液』ですね。」
対してこちらの能力は血液。
千金は自分の血の流れを任意で操れるし、ある程度接近すると他人の血の流れをも理解し、操る事が出来る能力である。
これはこの講習会の中で語られた事なのだが、千金はあの電車の中で結構酷い怪我を負っていたらしい。
その中で無意識に傷口に手を当てて、出血を止めるように念を込めていた事によって出血が止まり、それどころかすでに流れ出た血液すら不純物を吐き出しながら身体に戻って来て血肉が繋がり傷が塞がっていったのだという。
余りに綺麗に元通りになった為、スキルの説明を受けるまで千金は幻覚かなんかだと思っていたほどだ。
通りで達己の記憶の中に千金がいなかった訳である。
初対面の時のような元気な状態であったなら、幾らあんな惨状の中であったとしても記憶に残らない筈がないのだから。
あの地獄の状況の中、転がったままで自己治療に徹していたというのなら納得できた。
因みに、あまり意味はないが血液の出し入れやら密度を高める事すら可能らしい。
「だからやろうと思えば、短時間だけトゲとか刃物みたいなのも作れるみたいです。
まぁ、使っただけ血が減っちゃうんで、貧血になっちゃうと思いますけど。」
「やめときなさいね。」
当然だが血液の量の当人の分しかないので、今言ったように刃物なんぞ作ってしまうと制作分の血液が無くなってしまい、出血と同じダメージを受けてしまう事であろうか。
輸血パックでも持ち歩いているなら話は別だが、そんな変な苦労して武器を作るくらいなら金属バットでも持ってる方が早い。
やはり血止めとか安全利用に努めるのが一番だろう。
しかしそれでも便利というか、ダークヒーロー味のある能力だなぁと素直に感心する達己。
男だったら前衛に…と大人の男としては言いたくなるが、自分の能力はお世辞にも戦闘向きとは言い難い。
漆黒の闇の中こそ生かせる能力ではあるが、肝心のサイレントスキルなんてものを持ってないので猫に小判も良いところだ。
「はいはい。腐らない腐らない。
十七夜さんの言いたい事は分かるけどぉ、その判断はちょっと早いよ。」
思っていた事をズバリ当てられ、やや恥ずかしくなる。
だが、彼女の言う様にスキルは彼が思っているような単純なものではないのだ。
「このスキルというものが発見されて、個々の能力をちゃんと正しく見てあげられるようになるのに二十年以上かかってるのよね。
それまでは今、十七夜さんが考えた様に直接戦闘に使えないとか、直接殴り合いが出来る強さみたいなのを重視する傾向があったの。」
しかし、超常であっても能力である事に変わりはないらしく、鍛える事によりその能力を強化させたり手札を増やす事も可能だと分かって行った。
千金が今言ったように、血液密度を高めて得物を作る事が出来るというのも応用の一つであるし、達己のその反響探知も鍛えれば別の使い方に目覚めるかもしれないのだ。
「現状でも、十七夜さんって力使う時に舌打ちすらしなくていいじゃない。
それだけでも斥候としてのスタートは強みになるわよ。」
「言われてみれば……。」
その多くは舌打ちをしたり、杖で地面を軽く叩く等の何かしら音を必要とするものであったが、彼の場合は超音波の様な可聴域外の音らしく、正しく蝙蝠と同じ方法だと考えられる。
更に個体選別できて追跡可能なのだから確かに強みとなるだろう。
「千金ちゃんの場合は、上手く成長させられたら治療とか大活躍できるわねェ。
大怪我で大出血した人の緊急処置が可能なんだし。」
「今のままじゃ、獲物の血抜きの時に超便利なだけですしね。」
「いや、それはそれで大活躍できると思うけど。」
確かに獣を狩ったりした際にはとても重要となる能力だ。
上手く血抜きができるかどうかで肉の臭みが大きく変わってくるのだから。
兎も角、二人とも平和利用ができる能力と分かって一安心である。
能力に覚醒した者の多くは、特に海外では攻撃的なものを求めがちだ。
実のところ、この二人にそういった気質が無いようなので桂は――そして環境保安部は胸を撫で下ろしていた。
何しろ覚醒者の中でも、特に帰還者はその気質を持ってしまう例が多いのだ。
だがそれでも世界的に見ればまだ穏当な方で、これが世界基準になるとやはり攻撃スキルを強く求める傾向になってしまう。
どうしてそんなにも多くの者が脳筋的に偏重するのか――? と言う疑問が湧くだろうが、それにはちゃんとした理由があった。
何しろ今この世界では手軽に鎮圧できる武器……銃が無いのだ。
射撃武器として和弓やアーチェリー、
音速に届かない空気銃の弾ですら、水中で発射するより威力が減退してしまうのだ。
ホビーとしての
幸いにも積み上げてきた金属の精錬技術も効果的な罠や道具の作り方も残っているので、強力な金属製の武器や大型獣用の罠等を作り出す事はそう困難という訳ではない。
だが、それでも全体からすれば狩猟生活時代より多少はマシといった程度で、人類は旧態依然の中近接戦闘武器を使い、未だ
長く長く、本当に長く、世界の開拓時代を支えてきた銃という力の代弁者は沈黙し、人々は銃に変わる力の象徴を狂おしい程求め欲していた。
そんな中で攻撃スキルの発見に羨望が集まってしまったのは当然の流れだろう。
しかし、超能力という新たな武器を得た実例の所為で、人々は間違った道を突き進む事となる。
皮肉な事に、世界各地で起こっていたスキルによる騒動により、人々はスキルを得る術と、その危険性が広められたのだった。
「さて、今日も簡単に塔とスキルについての話をしてから、鍛錬の方向性とか考えようか。
十七夜さんの力は凄い助かるね。そのまま成長したら災害救助にも使えるし。
千金ちゃんもいいね。生存率上がるし、突発的な事故にも対応できるよ。
どちらの能力もこの世界で生きていく上で凄く役に立つものだよ。」
そう伝えながら、桂はちらりと窓の外に視線を向けた。
既に京都に遷都を終えている皇居跡の森林。そして遠くに以前と変わらぬ佇まいを見せているビル。
これだけ人家に近いというのに、それらの内には脅威が息づいている。
不可視の天蓋が齎したのは災い。そして――恩恵。
世界中に垂れ下がる《
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