黒曜のレイ
宵月ヨイ/Yuk=i=a
第1話
私のお師匠様は多分すごい人だ。いや、人じゃないけども。
お師匠様...アストレア様は、捨て子だったらしい私を拾ってくれた優しいお方だ。見た目的には20歳くらいなのだろうと思うのだけど、お師匠様自身が「こんな見た目だけど、いわゆる魔女と言うものだからね。実際は数千年生きているのだよー」と言ってたから、見た目と年が一致しない存在もあるんだなあって思った。
お師匠様は今住んでいる森のあたりとはまた違った、もっと北の森ばかりの国からやって来たらしい。私みたいな人間からはエルフと呼ばれ、お師匠様みたいなのは森の従者と呼んでいるらしい存在で、基本的に髪と目の色は緑かそれに準じた色になっている。
お師匠様は、自分が住んでいた村から追い出されたのだとか。お師匠様は小さいころから魔術が凄かったらしく、魔力量を増やす一環でエルフ特有のとがったかんじの耳を人間みたいな丸い耳に隠匿偽装し続けていたらしい。隠匿偽装、って言うのは隠してだますって意味らしいけど。
そんな感じで、みんなと違うお師匠様は周りから避けられていたらしい。それに加えて、お師匠様の髪色はちょっと黒っぽい銀色。銀と鉄の中間みたいな髪色なのは当然緑ばかりのエルフから排斥されるのに十分すぎたんだって。
さらにさらに、お師匠様の目の色は左側が紫色。右側が白銀の色をしていて、全くもってエルフとは別物の姿だったらしい。5歳くらいになったら行われるエルフの秘密の儀式が行われているときに儀式から逃げ出して、エルフの長老に匿ってもらったけど結局追放されてしまったらしい。
「まぁ、秘密の儀式とかいうけど実際の所は(自主規制)して男も女も魔力生産部分を壊してるからなんだけどねー」
と、のほほんと言っていたお師匠様によれば、本来エルフはただの長命な耳長族らしく、森の従者と言う名称も昔に存在していた森の神様を讃えていたからなのだとか。
でも、いつかに魔力が多いエルフが生まれて、それから秘密の儀式を行う様になったエルフは魔力生産部分と呼ばれる生命維持機関を暴走させることで高い魔力出力と引き換えに寿命が人間程度まで落ち込んだらしい。
簡単に言うと、寿命を前借りして強い魔術を撃っているのだとか。でも、お師匠様よりももっと強い魔術が撃てるエルフと言うのはあまり数がいないらしい。単純に秘密の儀式をすると子供が出来づらくなって、そもそも大体のエルフは子供を作る気にもならないのだとか。
それと、単純にお師匠様の魔力量がとんでもないだけなのだとも言っていた。エルフは魔力量で髪色が変わるらしく、一番低いのが緑色のいわゆる普通のエルフ。次に青色が入ってくると魔力量が増えてきて、赤色になってくると秘密の儀式をしなくても小さめの国を滅ぼせるくらいの魔術を行使できるらしい。そして白っぽい髪色になってくると、おとぎ話で語られるような大津波を防げるような大魔導士と呼ばれるレベルになるのだとか。
因みに、秘密の儀式をするとみんな髪色が緑になったまま変わらないんだって。強さは分からないけど、お師匠様が言うには「青色と赤色が半分ずつくらいの強さじゃないかな?」ということだった。
秘密の儀式は殆どのエルフが行うことだけど、行わないエルフは長生きして髪色が自然とかわっていくらしい。魔力が増えていくのかな?でもお師匠様は最初から白かったらしいのだけど...。
真っ黒の髪のエルフは、どうやら神様のように強いらしい。お師匠様が一回だけ見た時はけちょんけちょんにやられたらしいし、多分人間が束になってもかなわないんだろうね。
そんなお師匠様だけど、最近は私に色んな魔術を教えてくれた。森の外の人間は基本的に茶色が多くて、後はカラフルな髪の色らしいのだけど、私はほとんどいないとされる真っ黒な髪の色をしている。
お師匠様は「神様みたいでいいじゃんかー」とは言ってくれるのだけど、私は悲しいことに魔術なんて使えない。お師匠様に教えてもらった魔術は全部覚えているけど、それを使えないのなら意味なんてないのだ。
「...じゃぁ、最後の魔術を教えます」
「は、はい!」
初めて見る眼鏡姿のお師匠様はいつものダメダメな感じのお師匠様とは違って、なんだかかっこよかった。
「『イラ アルカ オスト エヴァ クレス リィン ライド アブン カー ラスタ ネィト』」
お師匠様が、私が知っている限り初めて式句を詠唱した。お師匠様の所にものすごい光が集まっていき...そして、ぽふっという情けない音を立てて失敗した。
混乱している私を横目に、「やっぱりこうなるのかー」と不満そうにしながらもお師匠様は私にいつも持っているメダリオンを渡してきた。謎の杖、すごく硬いアロンディータでできたショートソード...最後に真っ白な紙を私に押し付けると、笑顔を浮かべたお師匠様は「後は楽しく生きるのだよー!」と指を立てて...静かに目を閉じた。
お師匠様が眠ってしまったので、私はベッドの準備をする。お師匠様が椅子に座ったまま眠るなんてめったにないことだし、きっと魔力不足で眠ってしまったのだろう。私も小さいころに何十回もそんな事があった。魔力を使わないはずの体内循環で魔力が尽きてお師匠様にあきれられたのは悲しかったなぁ。
ついでにご飯も準備...しようとして、さっきの真っ白な紙が気になって私はそれを見た。
『多分、レイの事だからごはんを作り始めている頃でしょう。一人分だけ作りなさい。私はもう目を覚まさないでしょう』
お師匠様を見た。相変わらず、親指を立てたまま椅子の上で眠っている。
お師匠様の手を触れてみると、既にその手は冷たかった。
私は、いつぞやお師匠様が作っていた棺を思い出して、持ってくることにした。少なくとも今すぐ、って言うのは無理だけど、なるべく早く。
結構時間が経って、ようやく私は棺を用意し終わった。立ち止まったことが多かったからか、日は既に暮れ始めていた。でも、なるべく早いうちにお師匠様は風に還さなければ。
夜になって、私はお師匠様を風に還した。お師匠様製の棺は、本来棺ごと人の身体を焼いてその灰を空に撒くと言う方法で風にその想いを飛ばす葬儀とは違って、棺ごと空に融けていった。
光になっていった棺の、一束の光が私の中に入ってきて...なんだか、温かく感じた。偉大な大魔導士...だったのかもしれない、アストレア・ウル=デミア・アイギス・シュターン・フォン・エスダーはそうしてこの世界から永久に消えた。
一晩明けて、私はがらんとしたように感じる家を出た。お師匠様の遺書の最後に、『自由に生きるのが、あなたの師匠としての最初で最後のお願いです』と書かれていて、それに従うことにしたからだ。
家を出て、ずっと走っていく。それだけなのに、振り返るとお師匠様と過ごした思い出の家はもう見えなくなっていた。...ありがとうございました、お師匠様。
私は、人間の世界を見るために今まで過ごした森を後にすることにした。
黒曜のレイ 宵月ヨイ/Yuk=i=a @Althanarou
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