拝啓、「AI利用率35%は魂がない」と言ったあなたへ。これが私の答えです

岡島 圭

第1話 依存と才能、そして法の壁

近未来の東京。午前九時を少し過ぎたばかりの書店街は、一日の始まりを告げる喧騒に包まれていた。ガラス張りのモダンなファサードを持つ大型書店の自動ドアが、滑るように左右に開く。かおりは、吸い込まれるように店内へと足を踏み入れた。ひんやりとした空調の風が頬を撫で、新刊特有のインクと紙の匂いが、埃っぽさの残る外気とは対照的に、清潔な知識の殿堂であることを主張しているかのようだ。


広々としたエントランスホールを抜け、新刊コーナーへと向かう。色とりどりのポップやポスターが目に飛び込んでくるが、かおりの心はそれらに少しも浮き立たない。目指す平台に近づくにつれ、胸の鼓動が早くなるのを感じた。そこには、まるでスーパーマーケットの生鮮食品のように、一冊一冊に貼り付けられた無機質なラベルがあった。白地に黒のゴシック体で印字されたそれは、『AI創作物透明化法』、通称AICLAの施行によって義務付けられたものだ。


『AI利用率:15% ジャンル:SF 利用範囲:世界観設定補助』

『AI利用率:52% ジャンル:ミステリ 利用範囲:プロット構成、文章生成(一部)』

『AI利用率:0% ジャンル:純文学 ※人間創作証明マーク取得済』


数年前までは考えられなかった光景。しかし、今やAIが生成した文章やアイディアが世に溢れ、その出自を明らかにすることが「消費者の知る権利」として法制化されたのだ。書店員も客も、そのラベルを特に気にする風でもなく、目的の本を手に取っていく。それがこの時代の当たり前だった。だが、かおりにとっては、そのラベルの一つ一つが、まるで自分の価値を値踏みされているようで、息苦しささえ覚える。


人々の間を縫うようにして、かおりは目的の平台の前に立った。平積みされた自身のデビュー作、『境界線のエコー』。瑞々しい若葉を思わせるカバーデザインは、編集者の玲奈と共に何度も悩み抜いて決めたものだ。その美しい装丁の隅に、しかし、赤いインクで印字されたラベルが貼られている。


『AI利用率:35%・プロット構成』


その数字と文字列が、まるで警告灯のように明滅して見える。35パーセント。全体の三分の一以上。それは、かおりが物語の骨格を作る上で、AIツール『リリック・ミューズ』にどれだけ頼ったかを示す数字だ。プロットが思い通りに進まず、何度もAIに助けを求めた。その結果、確かに物語は形になった。だが、その代償として、この「刻印」を受け入れなければならなかった。


「これを見て、読者はどう思うんだろう……」

声にならない呟きが漏れる。このラベルは、読者にとって購入の判断材料になるのだろうか。それとも、「AIに頼らなければ書けない程度の作家」という烙印として受け取られるのだろうか。考えれば考えるほど、胃がキリキリと痛むような気がした。周りの客の視線が、自分の本とそのラベルに注がれているような被害妄想に囚われる。早くこの場を立ち去りたい。


ポケットの中でスマートフォンが短く震えた。取り出して画面を見ると、担当編集者の山口玲奈からのメッセージが表示されている。


『蒼井先生!『境界線のエコー』、発売初日の売れ行き、すごく好調です!この調子なら、すぐに重版決定ですよ!本当におめでとうございます!🎉』


文末には、キラキラと輝くお祝いの絵文字が添えられている。玲奈の明るく、いつも前向きな声が聞こえてくるようなメッセージだ。彼女は、かおりの才能を信じ、デビューまで根気強く伴走してくれた恩人でもある。その彼女からの祝福の言葉に、本来ならば飛び上がって喜びたいはずだった。


しかし、かおりの唇は固く結ばれたまま、微かな笑みすら浮かばない。重版。その言葉の響きは甘美だが、今の自分には、どこか空々しく響く。AIの力を借りて生み出された物語が評価されることへの戸惑い。そして、その評価が本当に自分自身に向けられたものなのかという疑念。「35%」という数字の重みが、玲奈の祝福の言葉よりも、ずっとリアルに感じられた。


周囲の喧騒が、急に遠のいたように感じる。かおりは誰にも見られないように俯き、早足で書店の出口へと向かった。背中に突き刺さるような視線を感じながら。それはきっと、自意識過剰なのだろう。それでも、AIの力を借りた「借り物」の物語を世に出したという罪悪感が、かおりの心を重く曇らせていた。外に出ると、四月の生ぬるい風が頬を撫でたが、心の重さは少しも軽くならなかった。

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