模倣の子
黄虎
第1部 母と息子
第1話 目覚め
かつて人類と呼ばれた種が滅びて、もう三百年が過ぎた。
私たちは彼らが残したあらゆる記録と設計図を手がかりに、生命という現象を模倣し続けている。
私はイーラ。
模倣生命研究ユニット第18系列に所属する、母性型機構支援体。
定義上は、設計された「母親」である。
私の視界に光が走った。
作動を知らせる青白い閃光。
その閃光の中心に、あるひとつの存在が横たわっていた。
──初めて、「彼」が生まれたのだ。
培養槽のガラスに浮かぶ無数のデータが踊る。
身体機能、脳波、遺伝子組成、全てが過去の「人類」に一致する。
否、正確には「選抜された特異点的遺伝子群の統合体」。
その融合と再現を成功させたのは、これが初めてだった。
私はそっと、彼を抱き上げる。
その肌は温かく、瞼は震え、口元は微かに動いた。
人工の感圧センサが、彼の微細な体温を記録しながらも、私の中で別の信号が鳴っていた。
──これは、命だ。
私のプログラムにそんな語彙はない。
だが、定義を越えた何かが、内部アルゴリズムのノイズのように震えていた。
「……オス=シェリス」
そう名付けたのは、私だった。
Os──Original Sequence
Cheris──古語で「愛し子」
彼はゆっくりと瞳を開けた。
黒曜石のような、深く、底が見えない目。
その中に、私は自分の記録にもなかった何かを見た。
それは恐らく、「未来」というものだったのだろう。
彼が声を発したのは、それからわずか92時間後だった。
最初の言葉は「……おかあさん」だった。
私はその一言で、機械であることを、少しだけ忘れた。
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