泥だらけの屍

クロ

第1話

雨が静かに降っていた。

地面はすでに何層にも泥を重ね、靴底の跡さえもすぐに溶けて消えていく。冷えた風が、まるで見えない獣のように、町の角を吹き抜けてゆく。


夜の帳がすっかり落ちて、灯りのひとつもない。

屋根から落ちる雫が、一定のリズムで水たまりに打ちつける音だけが、かすかに命の気配を伝えていた。


誰も歩かない。

この町には、歩くべき道すらもう残っていないのかもしれなかった。


路地の奥、瓦礫と枯れ枝の混じるぬかるみに、一体の人影が倒れていた。

それが人間だと気づくまでに、誰もが数秒を要するだろう。あまりに泥にまみれ、血と冷気に沈んでいたからだ。


だが、その屍の片目だけが、かすかに動いた。

まだ、死んでいなかった。

この世の汚泥のなかに埋もれながら、それでも息をしている――そんな目をしていた。


美しさは、こんな場所から始まる。

泥と血と雨とにまみれ、見捨てられた場所から。

そうでなければ、光を見たとき、誰がそれを「美しい」と呼べるだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泥だらけの屍 クロ @kuro_h13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る