おまえだけは選ばない another story 二つの世界線のヒロインたち

白鳥かおる

キミはわたしが選んだヴァイオリニスト

第1話 笑里 1






 毎年恒例の中・高生たちによるゴールデンウイークコンサートが、県営ホールで開催されていた。

 わたしがいるのは中央の最前列。

 コンサート会場となっている大ホールでは、去年の県代表校のひとつだけど地区 (近畿大会) 大会止まり高校の演奏が始まっていた。


「つまんないな」

 わたしは声に出していた。

「笑里、そんなこと口にしてはいけないわよ」

 とママがとがめる。

「だって、つまんないんだもの」

「仕方ないでしょ? 県代表と言っても高校生なのよ。温かい目で見てあげないとね」

「わたしも高校生だよ」

 そう言うとママは溜息ためいきを吐いた。

「あなたは特別でしょ? 天才なんだから」

「は~い」

 わたしは再びステージに目を向けた。


 下手とは言わない。

 だけど退屈な演奏である事に変わりなかった。

(あ~あ、やっぱり、つまんない)


 前座の中学生のステージはさすがに聴く気にはなれなかったけど、高校生ならもう少し面白い演奏が聴けるものだと、少しは期待をしていたのだけど……。


 わたしはなにも、プロの演奏を期待しているんじゃないの。

 少しくらい音を外してもいい。

 失敗したってかまわない。

 面白いと思える奏者を見つけたかっただけなのよ。

(ほんの一瞬でもいい)

 光るものを見せてくれる高校生に出会いたい。それだけだった。


(出来れば、バイオリンがいい。チェロとかビオラなんかでもいいなぁ)

 わたしのピアノを楽しませてくれる弦楽奏者に出会いたかった。

(わたしの大好きな日本人の中に……)


 そんなことを考えているうちに、ナントカ高校の演奏は終わっていた。

 わたしが欠伸あくびを噛み殺していると、

「最後は去年の全国大会金賞の美島高校だけど、どうする?」

 ママが聞いた。

「金賞って………ただ金でしょ?」

「エ、笑里―――声が大きいわよ。失礼よ」

 全国大会では三・四校金賞がもらえる。だけど、たった一校だけ、文部科学大臣賞が付いて来るのだ。その学校が全国大会の優勝となる。

 ただ金とは、優勝じゃない「ただの金賞」の事だ。


「帰ってもいいのよ」

 とママは立ち上がりながらそう言った。

 わたしが余計なこと口走らないかと、気が気でないのだ。

「どうせヒマだからね。聴いて行くよ」

「そう」

 とママはもう一度席に着いた。


 わたしはパンフレットでトリを務める美島高校の曲目を見た。

 モーツァルトのバイオリン協奏曲 第5番だった。

「あれ? 三上君が出ているからてっきりピアノ協奏曲かと思ったのに。どうして?」

「さあね、ママには分からないわ」

「ふ~ん」


 わたしはモーツァルトのバイオリン協奏曲 第5番を演奏する、美島高校の紹介文に目を通した。

 それによると五人のヴァイオリニストによるソロパートがあるらしい。

(ホントだ。三上君ピアノソロしないんだ)

 三上君はいずれ、わたしのすぐ後ろについて来るピアニストになる。

(わたしには勝てないし、負ける気もしないんだけど)

 それでもその実力をわたしなりに高く評価していた。

(その三上君を差し置いて、五人のバイオリンソロねぇ………ふ~ん)


 わたしは黒幕カーテンの下りたステージに目を向けた。

(どんなバイオリンを聴かせてくれるのかな? キミたちは)

 少しだけ興味がわいた。

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