第4話 マサキは新たなトラウマを手に入れた!
冒険者登録を済ませた俺は、ギルドの前のベンチに呆然と座っていた。
「なあ、いい加減機嫌直してくれ」
リズがうんざりしたように言う。
「そんなこと言ったってさあ、もう絶望的じゃん。普通なら、異世界転生したら、最初から凄い力を持ってて、初っ端から上級職に就いたりして。俺最弱職じゃん。せめて他のやつがよかったよ!冒険者で魔王倒すとかどんだけ時間かかるんだよ!」
一概に冒険者といっても、剣士や魔法使い、僧侶などの有名どころのほか、
その中でも“冒険者”は、冒険者業の中で最も基礎的なジョブと言われている。
他のジョブのような何かに特化した性能も無い。
だから碌な呼び方も無く、“冒険者”なんて分かりづらい名前を付けられている。
唯一の利点といえば、ほぼ全てのスキルを習得できることだが、勿論本職ほどのパフォーマンスは出来ないし、スキルを習得するのも簡単ではないとか。
その所為で、世間では最弱職と呼ばれ、他の職業に見下される。
俺はそんな職業に就いてしまったのだ。落ち込みもする。
脱力してベンチに凭れかかる俺に、リズは追撃する。
「なら芸人にすればよかっただろう」
「それも違うだろ。芸人が魔王倒す絵面想像出来ねえよ」
お前だって転生させた奴が芸人になったら困るだろ。
それより、とリズの方に向き直る。
「リズ、お前は何のジョブにしたんだよ」
あの後のことはよく覚えておらず、リズのジョブのことも聞いていなかった。
「私か?私はアークプリーストだが」
リズは当たり前と言わんばかりの態度で言い放つ。
アークプリースト?
アークプリーストといえば、
「いやおかしいだろ。異世界転生した張本人の俺が最弱職で?案内役が上級職?ゲームバランスどうなってんだよ!」
「知らん!私に言うな!お前の問題だろ!」
こいつの言葉はいちいち鋭いんだよなあ。
「というか、俺の転生の特典とやらはどうなったんだよ。忘れてないからな」
澄まし顔のリズをジト目で見つめる。
「それならさっき貰ったカードを見てみろ」
リズは、俺が手に持っていたカードを指差す。
カードを見てみると、氏名と職業、レベル、スキルの欄がある。
「習得可能スキルに、習得済みスキル…ん?何だこれ、固有スキル?」
「この世界には、ごく稀に普通とは違う特殊なスキルを持っている奴がいる。それが固有スキルだ。お前の場合は、転生の際に貰った物だな」
どうやら、俺は転生の特典に何か特別な力を貰ったらしい。
先に冒険者登録を済ませたのはこうやって確認するためか。
さあ、俺は一体どんな力を貰ったんだ…?
「固有スキル『幸運』稀に運が良くなる………説明文少なっ。物価が上がり続けて嵩増しに歯止めが効かなくなった未来のコンビニ弁当より少ないぞ」
「比較対象間違ってないか?」
えっ、特別な力って運が良くなるだけ?
「しかも常時じゃなくて『稀に』なのかよ。発動のタイミングも運で発動しても運次第ってことか?あと説明文短いし」
「説明文の量を気にしすぎじゃないか?どれどれ…うわ本当だ説明文少なっ」
…待てよ?運が良くなるだけだったら発動しても本当にスキルの効果なのかどうか分からなくないか?
まさかシュレディンガーの猫をこんな形で体験することになるとは…。
「可哀想に………あ、でもそれは私の預かり知るところではないからな。文句があるなら◯12◯-444-444まで」
「なんでド◯ホルンリンクルの電話番号?」
腹立ってきた…全部あの神の所為だ。
テラシアめ…今度会ったら古畑のモノマネさせてやる。
「…まあ、こんなところで油売ってたって何も進展しないし、ここは切り替えよう」
立ち上がり、伸びをする。
「それで?これからどうするんだ?」
リズに聞いてみたが、当の本人は何故か不思議そうな顔をしている。
「ん?何で私に聞くんだ?」
「は?お前案内役だろ」
少しの間のあと、リズがハッとする。
「そういえばそうだったな」
何だこいつ……やはり知能のステータスが低いだけのことはある。
「と、とりあえず、所持品の確認だ。俺が持ってるのは、このジャージと冒険者カードだけ。お前は?」
「えーと、地図にある程度の金、毛布、あとこのマニュアルだけだ」
リズが背中に掛けていたバッグの中から分厚い本を取り出す。
本の表紙にはポップな文字で『完全攻略!異世界転生後やるべきこと & 異世界の基礎知識』と書かれている。
今更だが何だか夢を壊された気分だ。
あ、でも、このマニュアルがあればやるべきことが分かるんじゃないか?
「ちょっと見せてみろ」
旅行会社の雑誌のようなそれを開き冒頭のページを見ると、分かり易く項目がまとめられている。
ふむ、初日は冒険者登録と宿泊場所の確保か…。
マニュアルに書かれていることを音読する。
「えー、宿屋は貧乏な駆け出しには厳しいので、所持金が少ない間は馬小屋か教会で寝泊まりすべし…そうなの?」
RPGでは宿屋代なんて気にしたことが無かったが、確かに考えてみればそういうところにも金がかかるのは当然だ。
「というか、教会って泊まれんのか」
「ああ、一部の教会は慈善活動として冒険者に部屋を貸し出しているそうだ。タダではないが宿屋に比べれば格安だぞ」
ほほう、そんな優しい要素もあるのか。
ただ、そんなうまい話があるなら、冒険者達はこぞって教会に泊まると思うのだが………まあいいか。
「それじゃそろそろ日も暮れてきたし、今晩は教会に泊まるか」
ところが、その疑問を放置したのが失敗だったのだ。
◇
翌朝、早朝から活気に溢れている街の中で、俺はギルドの隅の席に座っていた。
リズがあくびをしながらこちらに向かってくる。
「おはよう、よく眠れたか?」
そんなことを聞いてくるリズに俺は食ってかかる。
「よく眠れたか?じゃねえよ!寝れる訳ねえだろうが!なんなの?あいつらマジでなんなの?」
いきなり怒り心頭の俺にリズが困惑の表情を浮かべる。
「ど、どうした、何かあったのか?」
「嘘だろお前、何も聞いてないのか?あの状況で寝てたのか?」
俺の怒りの理由は、昨晩泊まった教会にあった。
あの教会では朝晩に祈りを捧げるらしいのだが、それ自体は問題ではない。
祈る際に唱える言葉が問題なのだ。
「あいつら、ずっと野菜の名前を唱えてやがるんだよ!何の神だよ!何を考えて祈ってんだよ!」
そう、あの教会では朝晩の祈りに野菜の名前を唱え続けるのだ。
後に他の冒険者に聞いた話だが、あそこは冒険者達の間で頭のおかしい連中の集まりだと言われ、誰も近づかないそうだ。
格安で安全なところに寝泊まりできるというのに、他の冒険者達がいなかった理由が分かった。
「それが朝から1時間も続いたんだ!冗談抜きで頭おかしくなるかと思ったわ!ネギアボカドホウレンソウアスパラトマトブロッコリー…ああ頭から離れん!あとアボカドは野菜じゃない!」
「そ、そうなのか、それは災難だったな」
俺はこいつがあの状況でぐっすり眠っていたことに驚愕なのだが。
「とにかく、あそこには二度と泊まらない。分かったな」
俺が念を押すと、リズは困り顔のまま頷いた。
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