第3話 白蝶貝の傷
「あんなものが存在するのか、なんて悍ましさだ」
「まさかマヒメ様の仲間なの」
「いや、様子がおかしいぞ」
アンデッド・ガレオンの甲板から白骨たちが次々と海面に身を投げる、その手には剣が握られている。
白骨たちは海面に足まで浮上して歩いて近づいてくる、凪いだ黒い海は呪いの沼のように粘つき白骨の海渡りを助けている、この島に対して敵意があるのはどす黒い殺気から明白だ。
マヒメが海中を飛ぶ猛禽となって水中から高く飛び出し白骨に襲いかかる、頭と鰭の剣が白骨を砕く、ガシャガシャと骨片が海に飛び散る。
海面のサーフェスすれすれを白い影が踊り、水飛沫が上がる度に白骨兵士は数を減らしていく、マヒメの無双に思えた次の瞬間、ズガァァァンッ轟音とともに海面がはじけ飛んだ。
「大砲が生きている!!」
荒ぶる波の下に白い影か疾走している。
「大丈夫、無事だ!」
アンデッド・ガレオンの横腹に二十の大砲が突き出る、一斉射撃が来る。
「まずいぞ、マヒメ、潜れ、潜るんだ!!」
マヒメは気が付いていないのか島に近づく白骨兵士を水面で迎撃している。
ズドオッズドドドオオォォオオッ 至近距離で発射された弾が幾つもの水柱を上げる。
着弾の直前でマヒメはUターンしていた、魚雷となってガレオン船の腐った横腹に突っ込むと バキャッ 横腹を突き破り内部で暴れまくる、大砲口から白骨兵士の部品と木片が飛び散る。
「すげえな、レヴィアタンは水妖じゃなくて聖獣だったのか」
幽霊船が向きを変えて反対側の大砲を島に向けた。
「まさか、こっちを狙っている!?」
ズドオッズドオッオォォッ 大砲が火を吹く、今度は水柱ではなく島の斜面に土煙が上がった、エリクサーの花が無残に飛び散った。
「あいつら、エリクサーを!!」
ズドズドオッズドッオォォ 再びの連射。
「!!」
ルイの目が小屋に迫る弾を捉えた。
「伏せろ!!」
ダーウェンに飛び付くとそのまま倒れこんだ瞬間、直撃を受けた小屋の屋根が吹き飛び、ガラガラと柱が崩れ落ち木っ端が降ってくる。
「ダー!無事ですか!?」
「ああ、弾道が良く分かったな、助かったぜ」
「繋がれたままなら死んでいました、ダーのお蔭です」
「じゃあ、おあいこってことでいいな!」
崩れた柱を避けて外に出ると幽霊船の甲板の上にマヒメの姿があった、白蝶貝の鱗に赤い筋が見える、怪我をしている。
「!!……やはりそうか」
ダーウェンが眉をしかめて唸った。
「どうかしたの」
「この島だ、おかしいと思っていたんだ、海図にも載っていなかったし話にも聞いたことがない島」
「確かに、僕も知らない」
「幽霊船を見ろ、航跡が立っている、走っている証拠だ、それなのに島との距離が変わらない」
「本当だ……だとしたら、この島自体も動いていることに!?」
「そうだ、この島は漂流している!」
甲板の上でレヴィアタンのマヒメと対峙しているのは雑兵の白骨ではなく青黒い肉を纏い士官の服を着ている人間に近い魔人。
双眸に白目はなく、ただ黒く染まっている、開いた口の中はただの骨、白骨に海で死んだ人間の肉を剥いで纏わせただけの化け物だ。
生前の欲望だけを残して魔に堕ちた亡霊は自我も愛も正義も失い、ただ永遠の時を欲望に縋り死ぬことの出来ない牢獄の中を彷徨っている。
シャアアアアッ マヒメが威嚇の咆哮を浴びせる、鰭の剣が伸び、鱗が逆立つ。
出来損ないの機械のように魔人が傾きながら片手を上げた先には片手式フリントロック銃(火打石)が握られていた、ババンッ 放たれた銃弾が逆立つ鱗を飛ばした。
「ギャアアアアッ」
悲鳴と共に、マヒメの尾が鞭のように飛び魔人を粉砕した、幽霊船の鬼火が消え白骨兵士たちもガラガラと崩れ落ちる。
幽霊船はゆっくりと航跡を小さくしながら沈み始めてやがて海中に没していった。
「やったのか」
「マヒメ様が勝ったんだ」
進み続ける島から直ぐに幽霊船は見えなくなった、マヒメが泳ぎ帰ってくるのが見える。
「危ないから出るな……か、マヒメは俺達のために言ってくれたのか」
マヒメが砂浜に泳ぎ着いた時、暗い空には星が戻り、月が星空を細く割いていた。
ザアアッ 砂浜で蜷局をまいた白蛇は人間に姿を変える、トボトボと足取りが重い、頭を低く垂れている。
数歩進んだところでバタリと倒れこんで動かなくなった。
「!ルイ、マヒメが倒れた」
「助けに行こう、ダー」
二人は急いで小屋から砂浜に走り降りていく、月明かりの少ない夜、足元が見えないにも関わらずルイスの足は速い、夜目が相当に効くようだ、ダーウェンは付いていけない。
「マヒメ様、マヒメ様しっかりして、大丈夫ですか」
肩を揺すっても反応はない、真珠の肌のいたるところ痣と生傷がある。
ようやく追いついたダーウェンもマヒメの怪我に眉をひそめた。
「だいぶやられたな」
上着を脱ぐと全裸のマヒメに掛ける。
「どうしよう、ダーウェン、マヒメ様が死んでしまうよ」
「とりあえず、本宅に運ぼう、手当はそれからだ」
大柄なダーウェンがマヒメを担ぎ、夜目の効くルイスが斜面を先導する。
エリクサーの迷宮で幾度も道を間違えたが、その度にルイスが確認に走る、本宅へ着くまでに小一時間を要した。
鍵のない本宅は、破壊された小屋よりは大きい、一部屋だけの石造りの壁に木の柱、ギターが飾られ屋根は黒く光る鼈甲のような素材で出来ている。
「ベッドがある、そこに寝かせよう」
ルイスが毛布を退かし白布を敷いた、抱えていたマヒメをそっとダーウェンが降ろした。
生傷は開いたままだ、出血が止まっていない。
「エリクサーだ、まだあるはずだろ、探すんだ」
「そうか、エリクサーだ」
ダーウェンは部屋中の扉を開けていくが見つからない。
ルイスは部屋の真ん中に立って鼻をクンクンさせていた、匂いを辿っているのか、やがて方向を定めると、床下の扉を見つけた。
「ここだよ、ダー、この中にある」
「目だけじゃなくて鼻も利くんだな」
床下収納の取手を引くとケースに収められたエリクサーが積まれていた。
「あった!」
一本取り出し、急いでマヒメの口に流し込む、咽ずに飲んでくれた。
「よし、いいぞ」
「開いた傷口を閉じてみてくれ、塞がるんじゃないか」
指で挟んでおくとエリクサーの効果もあり、傷口が塞がり出血も止まっていく。
痛いのか少し身をよじって抗う様子を見せた。
「我慢して、出血を止めないと」
今までは放置したままだったのだろう、真珠の肌には幾筋もの裂けた跡がある。
傷口を塞ぎ、乾いたタオルで濡れた体を拭き清める、マヒメの身体は体温を持たないのか冷たい海の温度のままだ、海水で濡れた髪をタオルで挟み乾かす。
ルイスは顔を赤らめて躊躇しながら手当しているが、ダーウェンは慣れているようだ。
一通りのことをやり終えてシーツを掛けた、心なしか穏やかな表情で眠っている。
「大丈夫だと思うがルイ、傍で見ていてやってくれ」
「うん、ダーはどうするの」
「俺は海の様子を見てくる、さっきの白骨共が心配だ」
言うが早く、盗賊の足捌きで部屋を出ていった。
マヒメの呼吸はすごく小さくゆっくりとしている、人の半分以下だろう。
「……ベリ……アル」「!」
うわ言をマヒメが呟いた、誰の事だろう。
一人になると漂流している島の事も気になった、土と岩で出来た大地がどうやって海の上に浮いているのだろうか、聖獣レヴィアタンが住まうには相応しい幻の島。
魔法なのかとも考えたが、島を半永久的に浮かせておくなど魔王でも不可能だろう。
興奮が冷めると急激に睡魔がやってくる、抗い切れずマヒメのシーツに顔を埋めた。
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