第2話 とある店主の災難

【踊る金鶏亭】の一角。


ヴィネアたちとは反対に位置する場所を、元いた他の客を無理矢理に押し退けたとある集団が陣取っていた。

薄汚れたチュニックに革や布でできた穴の空いた靴。中には革鎧に鎖帷子を着込んだ者や鉄製のつばのついたヘルムを被る者もいるが、彼らの共通点として、みな一様に血で錆びた手斧や片手剣といった武器を提げている。

その集団の中央、周りにはだけた格好の娼婦を二人ばかり侍らせながら、集団の頭目であろう不衛生な髭面の大男が声を張り上げた。


「ブハハハ! 追加の酒だ、持って来い!」  


彼は店の主に怒鳴りつけるように催促すると、側に控えていた手下に声をかける。


「それにしても……命乞いしてくる野郎のあの面、傑作だったよなァ、オイ」


「へいカシラぁ。必死になって財布をひっくり返す野郎は笑えましたねぇ」


手下が機嫌を取るように下卑た声色で答える。彼らは盗賊や野盗の類だった。基本的には根無し草で各地を転々としながら略奪行為に走る者たちの中で、彼らはそれなりの人数で徒党を組んだ集団であった。廃城や廃村といった小さな拠点を根城にし、一定の地域内を転々としながら略奪を繰り返していた。


「素直に出すモン出してりゃ命ぐらいは見逃してやったのによォ、渋ってちゃ意味ねぇよなァ?」


ブハハハ、と唾を飛ばしながら下品に笑う盗賊の首領に手下から野次が飛ぶ。

恐らくはつい先程にも哀れな犠牲者を出したばかりなのであろう、手下の一人が持つ斧には真新しく赤黒い血の跡が生々しくこびりついていた。


「て、店主ぅ……」


「クソぉ……今日は厄日だ……」


血なまぐさい盗賊たちに怯え、涙目で訴える年若い給仕の女を横目に、【踊る金鶏亭】の店主である小太りの中年は頭を抱えながら盗賊たちに出す酒を用意していた。

どうせ味もわからない連中なのだ。腹いせに何かを混入しようと考えるが、しかし小心者である彼には、人生の半数を費やして漸く手に入れた酒場と、己よりも十は若いにも関わらず、妻のように尽くしてくれる給仕の女を巻き込んで実行できる度胸などあるはずもない。

決して口に出すこともなく、心の中で悪態を吐くだけで終わらせていた。


「もし」


そんな店主の背に声がかけられる。振り向いてみれば、其処には外套で顔を隠した姿……声色からして女だろうか……と、つば広の三角帽子の女の二人がカウンターの前に立っていた。彼の記憶が正しければ、この二人は先程まで奥の席に目立たず座っていた客の筈だった。


「あのよ、すまねぇが今は……」


「店主、先に謝罪をしておきます」


申し訳無さそうな店主の声を遮るように言うと、外套姿の女は懐から取り出した硬貨の山をカウンターの上に置く。

それは、エールとシードルを一杯ずつ頼んだ彼女らが支払うにしては、あまりにも多すぎる金額であった。


「それで模様替えなり掃除人の手配なりしてください。それと……暫く隠れて頂ければ幸いかと」


そう言って外套姿の女は、給仕の女が運ぼうとしたマグを奪い取ると、盗賊たちの方に足を向ける。


「え、ちょっ、アンタ……」


「命が惜しかったら隠れてなさいって話だよぉ」


制止しようとした店主を阻むようにキシシ、と三角帽子の女が不快感のある笑い声で告げる。

彼女らが店の一角を選挙する盗賊の方へ向かうのを見届けるよりも前に、店主は運ぼうとしたマグを取られてオロオロとする給仕の女を連れて、カウンターの裏にそそくさと隠れることにした。

この中年の店主が培ってきた経験が、外套を纏った彼女の言葉に素直に従わせたのである。

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