空蝉奇譚-平安姫に転生したらチートな夫の罠にかかりましたが私は笛しか吹けません-

藤江りこ

プロローグ




何が起こってるの、これ……





御簾を上げた彼の手が伸びてきたと思ったら、視界が遮られ

気付いた時にはいい匂いに包まれていた。

いつもの文の香りだけど、いつもよりずっと濃い。


緊急事態で心臓が壊れそうにドクドクしてる。

掴まれた腕は熱いのに指先は冷たい。

乱れた髪が視界に入り、体が震えた。お腹がギュッとなる。


(なんでこんな目に合ってるの)


怖くて暴れようとする心を抑え奥歯を噛みしめた時――。


「ごめんね」


聞こえないほど小さな声で確かに届いた。


「……え?」


見上げると、額の先に柔らかな温もりがある。

もう体は震えない、けど――。

彼の少し茶色い瞳が、いたわるようにじっと私を見つめるから、また動けなくなる。


(こんな乱暴なことして、どうしてそんな顔してるんだろう)


笑みを描いた唇がゆっくり動き、ささやきが低く鼓膜を撫でる。


「――お土産のお礼、もらっていい?」

「――っ!」


背中がぞわぞわした自分に死にたくなるほど腹が立つ。


(ない!ぜったいなし!私のバカ!)


彼の胸を押しのけようともがいていると、ふと人の気配がした。


「あら――」

「かぁさま……」





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