正しさの代償

@kaede040

第一話「選択の分かれ道」

りおは冷たいアスファルトの上に座り込んでいた。足元にはほとんど何も残っていない財布が転がり、空っぽのペットボトルが風に揺れている。周囲にはほとんど人影もなく、遠くで鳴る車の音が不安を増すだけだ。夜の寒さがじわじわと体に染み込んでくる。


「また、こんな時間か…」


彼女はつぶやきながら、薄いコートを引き寄せて体を丸めた。目を閉じ、深く息を吸う。街の光が目の前に広がっていたが、どこにも居場所は感じられなかった。


数年前までは、まだ希望があった気がする。あの頃は、どんな小さな夢でも実現できると思っていた。しかし今、彼女の人生はただ続く時間の中で薄れていくような気がした。夢も、希望も、どこかに消えてしまった。


「どうしてこうなったんだろう…」


その問いかけに答える者はもういない。彼女は肩を震わせながら、ほんの少し涙を流した。


ふと、歩道の向こうに一人の男が歩いてくるのが見えた。年齢は50代前半くらい、スーツ姿だが、顔はどこか疲れた様子だ。足を止めて、りおに近づいてきた。


「おや、こんなところで何してるんだ?」


男の声は穏やかだが、どこか引っかかるものがあった。りおは顔を上げ、目を細めた。


「…ただ、座ってただけです。」


男はしばらくりおを見つめた後、少し間を置いて言った。


「どうだ、うちで働いてみないか?まあ、悪い話じゃない。今すぐお金が必要だろう?」


その一言に、りおの胸が締めつけられるような感覚に包まれた。目の前の男はにやりと笑い、ちらっと周囲を見回してから、声をひそめて続けた。


「お前のような子、うちでは重宝されるよ。とりあえず今すぐ金が稼げる。生活に困ってるんだろう?」


りおはその言葉に動揺を隠せずにいた。目の前に現れた選択肢は、彼女にとって最も危険なものの一つであることは分かっていた。しかし、現実は冷酷で、目先のお金が足りない彼女には、考えたくない選択肢を突きつけられているのだ。


男はそのまま手を差し伸べる。


「契約さえすれば、すぐにお金が手に入る。心配ないよ。」


りおは無意識にその手を見つめ、心の中で葛藤が生まれる。**「こんな選択、してはいけない。」**そう頭の中で繰り返す一方で、体は冷たく硬直していた。目の前の現実を無視して、いったいどれだけ生きてきたのだろうか。


男が少し首をかしげながら、優しげな声で言った。


「もちろん、他にも選択肢はあるけど、君が必要としてるのはこれだろ?」


その時、足元にもう一つの声が聞こえた。振り返ると、施設の職員と思しき人が立っていた。女性の職員はにこやかに言う。


「もし、今すぐ支援が必要なら、私たちが手を貸しますよ。生活保護を申し込むこともできますし、施設でのケアも受けられます。」


りおの心はさらに揺れた。目の前には全く違う選択肢が並んでいた。


目の前の金銭的な誘惑。

安定を求める施設での生活。

どちらを選べばいいのか、わからない。けれど、どちらを選んでも――

選ばなければならない。


「選ばなければ、何も始まらない。」


りおは静かに息を吸い込み、決断を下す準備をした。


――どちらを選ぶべきだろうか?

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